「メセナは今、どうなっているのか」シリーズの3回目です。
第1回: DIC川村美術館休館の報に接して
第2回:数字で見る最近の状況第3回:行政にできることは企業への「要請」だけ? ←今回はココ
本シリーズ第1回でとりあげた、DIC川村記念美術館を訪れました。
週末とはいえ、雨や風が強い悪天候の日を選んで訪問したにもかかわらず…
駐車場は開館時点でほぼ満杯、
展示室も、101展示室(モネやルノワール、ピカソ、ブラック、シャガールなどを展示)を中心に、大混雑の様相を呈しており、レストランに至っては、開館直後の時点で3~4時間待ちと、まるで某テーマパークの新アトラクション並みの待ち時間を表示するなど、驚きの大混雑ぶりでした。
やはり、2025年1月下旬からの休館が発表され、全国ニュースで大々的に報じられた効果は大きかったようです。
同じ展示室におられたご夫妻の会話が耳に入ってきましたが、どうやら彼らは、佐倉市在住ながら、これまで一度もDIC川村記念美術館を訪問されたことがなかったようで… なるほど、地元の方々も報道を機に訪問されているのだな、と知りました。
こうした混雑の状況を受けて、
運営会社であるDICさんは、休館の時期を2ヵ月延期することにしたようです。
運営会社によりますと、その後、連日多くの人たちが美術館に詰めかけ、1日あたりの平均の来館者数は発表前の5倍以上に急増したということです。
こうした状況を受けて運営会社は、より多くの人たちに訪れてもらう機会を設けようと、休館の時期を2か月延期し、来年3月下旬とすることを決めました。
(出典:NHK 千葉NEWS WEB 10月1日 「DIC川村記念美術館」来館者急増で休館を2か月延期 佐倉」)
とはいえ、今後の美術館のあり方(=「ダウンサイズ&リロケーション」もしくは「運営中止」)については年内に決定する、という部分は変わっていないようです。
さて。
DIC川村記念美術館の運営方法見直しの報道を受け、佐倉市長は「DIC川村記念美術館の佐倉市での存続を求める会」を立ち上げ、DIC川村記念美術館の佐倉市での存続を求める署名活動を実施しました。
署名は、期限である9月30日までの約1か月弱で合計56,082筆が集まったとのことで、市長は
9月5日の署名活動開始以来、約1か月間で5万筆を超える署名をお寄せいただき、私たちと思いを同じにする方々が、日本全国、そして世界中にたくさんいらっしゃることを知り、同美術館の価値を改めて確認することができました。
また、休館の報道を受け、多くの方々が同美術館に来館されたことにより、閉園予定が令和7年1月末から2か月延長されたとの情報もあり、『DIC川村記念美術館の佐倉市での存続を求める会』といたしましても、引き続き、取り組んでまいりたいと考えております。
(出典:佐倉市ホームページ「DIC川村記念美術館の運営方法見直しへの対応について」)
とコメントしています。
しかし、この「取り組み」とは何を指すのでしょうか。
上記コメントと報道で見る限りでは、
・DIC本社を訪れ、署名の結果を伝える(そして現状通りの存続を要請する)
の2点以外にあるようには思えず… 私は、そこがどうしても気になってしまうのです。
企業が運営する美術館が、その閉館にあたって地元の自治体と話し合った事例といえば、私は、サントリーホールディングスさんの「サントリーミュージアム[天保山]」*1 のことを思い出します。
サントリーミュージアム[天保山]の場合、地権者が大阪市であったことや、同施設が水辺の再開発事業の核となるものであったなどの事情はあると思いますが、
それにしても…
閉館に当たって
と、このような(行政から見て)「神対応」ができる企業さんは、他にないでしょう。
これは、「利益三分主義」が貫かれ、医薬事業売却の際には「誰一人リストラしない」ことを売却時に相手方(当時の第一製薬)と約すなど、稀な企業文化を持つ(そして非上場企業企業である)サントリーさんだからこそできたことのはず。
佐倉市は、DICさんが美術館を「これまで通り存続する」か、もしくはサントリーさんのような対応をされることを望んでおられるのかもしれませんが、上場企業であり、美術品がバランスシートに載っている限り、それは無理な注文でしょう*3。
こんなことをつらつらと考えていた本日(10月7日)、日経電子版に「日本の美術品どう守る? 「財産」流出で国も買い上げ」という記事が載りました。
「年々、増え続ける文化財を継承するには国のほか個人や法人の尽力が欠かせない。」と述べたこの記事に対し、BNPパリバ証券の中空麻奈さんは
人類にとって意義ある美術品を保護し、維持することは現代に生きる我々の責務だ。しかし、例えば小さな寺に重要な美術品がある場合にきちんと維持するためのコストを自分で払わなければならないなど保有者リスクになってしまう。補助金の出し方が美術品のクラスのみに依存すると、重要度は落ちるが残したいもの、は散逸しかねない。それでいいか。言えるのはなくしてはいけないということと、一旦海外に流出すれば買い戻すだけで大変だということ。だからこそ、個人や法人に頼るなら税制優遇も考えることや、国所有になるならインバウンドの呼び物になるようなすごいものを作るなど考えたい。善意でなんとかしてもらう、が日本には多過ぎる。
と喝破しておられます。
そうなのです。
DIC川村記念美術館の佐倉市での存続を求める佐倉市長の活動は、この「善意でなんとかしてもらう」にとどまっている点が問題で。
DIC川村記念美術館は、世界的に貴重な作品を数多く所蔵する国内屈指の美術館であるとともに、芸術・自然・建築が高いレベルで調和するひとつの「作品」であり、移転・閉館といった運営方法の見直しは、我が国の文化芸術の普及・発展にとって大きな損失です。
(出典:佐倉市ホームページ「DIC川村記念美術館の運営方法見直しへの対応について」)
と考えるのならば、どうすれば存続できるのかを「オカネの問題も含めて」考え、行動していくことが必要なはず。そしてそこに、企業メセナと地域の関係を持続可能なものにするヒントがあるように、私には思えるのです。
—
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 来館者数が伸び悩み、毎年数億円の赤字を出していたことを受け、閉館。
*2 出典:「平成22年9月16日 大阪市長会見全文」
*3 出典:日経電子版 2024年10月6日「丸紅、経営危機で守った数十億円の名画 三菱も秘宝継ぐ」に、日本経済新聞社 編集委員/上級論説委員の小平龍四郎さんも
上場企業のバランスシート(B/S)に乗っている限り、収益性の視点から逃れることはできないのではないでしょうか。商社の美術品所有がさほど問題視されないのは、業績が良く、「バフェット銘柄」としてのプレミアムがあるからでしょう。業績悪化、バフェット売却などで市場の評価が逆回転し始めたら、突っ込まれる余地はあります。美術品を守りたければ、今のうちにB/Sから外す工夫をしておくべきだと思います。
とコメントしておられます。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。