コーポレート・ガバナンス / コンプライアンス / サステナビリティ・ガバナンス
少し時間が空いてしまいましたが、今回は
「内部通報制度、その課題と実効性向上策」シリーズの第3回をお届けします。
シリーズ第2回で私は、このように書きました↓
【筆者よりひとこと(サステナビリティ開示の観点から)】
「犯人(通報者)探し」なんて、そんなことするわけないのでは?と思う方がおられるかもしれませんが…最近のニュースで言えば、兵庫県知事らをめぐる内部告発では「通報者捜し」の疑いが指摘されています。
この点については、次回のブログでもう少しくわしくお伝えしたいと思います。
内部通報制度の実効性を削いでしまう大きな要因として、
通報者が特定され、不利益をこうむることへの懸念
があります。
そしてこの懸念が、残念ながら杞憂とはならない場合があることは、報道を見ていてもわかります。
(例:兵庫県知事らをめぐる内部告発では「通報者捜し」の疑いが報道されている)
でもこれ、本来はおかしいことなのですよね。
そもそも、2006年に施行された公益通報者保護法は、こうした事態を避けるために制定されたもので、当初から、通報者への保護などを規定していますし、
その後、2022年に改正された公益通報者保護法では、告発者探しにつながる行為を原則禁止するなど、通報者の保護を強化しました。
にもかかわらず、通報者が特定され不利益をこうむるような事態が起こり続けているのは、いったいなぜなのでしょうか。
ひとつ考えられるのが、「緩すぎる罰則」です。
2022年改正のポイントをまとめた、こちらの資料をご覧ください↓
(出典:消費者庁「改正公益通報者保護法の広報用チラシ」)
…お気づきになりましたでしょうか?
内部通報担当者の守秘義務に違反した場合でも、刑事罰は「30万円以下の罰金」に過ぎないのです。また、刑事罰の対象は「担当者(個人)」であり、企業等が不利益取り扱いの禁止に違反した場合などの罰則はありません。
これが、同時期の国際水準と比べていかに「緩い」ものであるかは、2019年12月に成立したEU公益通報者保護指令*1 と比較することで見えてきます。
EU公益通報者保護指令では、通報を理由とした通報者への報復(停職・降格・転勤・減給・一時雇用契約の不更新等)は禁止されています。
そして、通報者が受けた不利益取扱いに関する訴訟において、通報者が通報を行った事実及び不利益取扱いを受けた事実を立証すれば、当該取扱いは通報への報復として行われたと推定されます。
この場合、このような不利益取扱いの措置が「通報以外の理由に基づくものである」ということは、「措置を行った者が」立証しなければなりません。
(つまり、事業者側が立証責任を負うことになります。日本はその逆で、通報者が事業者を相手に裁判を起こした場合、通報との因果関係を「通報者自身が」立証しなければなりません)*2
比較対象は、EU公益通報者保護指令だけではありません。
2019年のG20大阪サミットで承認された「効果的な公益通報者保護のためのハイレベル原則」もあります。
ここでは、「報復に対する救済策と効果的な保護(REMEDIES AND EFFECTIVE PROTECTION AGAINST RETALIATION)」という章を設け、
原則8 :報復行為を行った者に対し、効果的で、相応かつ抑止力のある制裁を科す
( Provide for effective, proportionate and dissuasive sanctions for those who retaliate)
G20諸国は、公益通報者に対する報復行為や守秘義務の違反者した者に対して、効果的で相応かつ抑止力のある制裁を科し、報復した者の地位や立場に関わらず、制裁がタイムリーかつ一貫した方法で科されることを確実にすることを検討すべきである。
(G20 countries should consider providing for effective, proportionate and dissuasive sanctions for those who retaliate against whistleblowers or breach confidentiality requirements, and ensuring that the sanctions are applied in a timely and consistent manner, regardless of the level or position of the person who retaliated. )
(出典:「効果的な公益通報者保護のためのG20ハイレベル原則 (和訳))
としています。
度重なる不祥事や事件の発生を踏まえ、消費者庁は今、公益通報者保護法の改正を検討しています。この改正を(上述のような)「世界標準」に合わせるべきだとの意見がある一方で、経済界からは慎重な声も出ているようです。
経済団体からは「日本は外国と違って解雇がしにくい制度。背景が異なる中で諸外国の法律をそのまま入れてもうまく機能しない」(経団連)と慎重論が強い。通報者の保護を重視した結果、正当な目的でない内部通報が増えるとの懸念もある。
(出典:日経電子版 2024年8月23日「内部通報、事業者側の責任重く? 制度改正巡り慎重論も」)
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以上、今回は公益通報者保護制度の課題と最近の状況についてお伝えしてきました。
このシリーズ次回では、内部通報に関する企業の開示の現状を見て行きたいと思います。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 DIRECTIVE (EU) 2019/1937 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 23 October 2019 on the protection of persons who report breaches of Union law この指令は、EU法の違反を通報した者を保護するEU共通の最低基準を定めたものです。
*2 出典①:国立国会図書館 調査及び立法考査局海外立法情報課 濱野恵「EU公益通報者保護指令」
出典②:日経電子版 2024年8月23日「内部通報、事業者側の責任重く? 制度改正巡り慎重論も」
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。