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HINTサステナ情報のヒント

日米関税交渉の文脈で注目される、砕氷船。企業のサステナビリティ戦略に与える影響を考えてみました

リスクマネジメント / 気候変動 / 生物多様性

最近、「砕氷船」という言葉が、日米の関税交渉の“切り札”らしい…との報道が増えてきました。

 

<ご参考:日経電子版より>

 

とはいえこのニュース、「うちは海運業じゃないし」「極地航路なんて現実味がない」と感じていらっしゃるサステナビリティ担当者さまも多いのではないでしょうか。

 

ですが。

実はこのテーマ、サステナビリティ戦略を担っておられる方々にとっては、「今、注目しておいたほうがいい領域」ではないかと私は考えております。

今回のブログでは、砕氷船(と北極航路)がなぜ今ホットな話題になっているのか、そしてこの話題が「広く」(=業界を問わず)企業様のサステナビリティに関係してくるのかについて、少しお話させてください。

 

北極航路って何がすごいの?

さて。

そもそも“砕氷船”が活躍する舞台とは、いったいどこなのでしょうか。

その象徴的な場所として今、注目を集めているのが「北極航路」です。

 

北極航路は、その名の通り、ロシアの北側を通る航路。
近年、夏場を中心に氷が少なくなりつつあることから、技術的には可能性が広がっており、一部で試験的な利用も進んでいます*1

このルートは、従来のようにスエズ運河を経由するのに比べて、欧州と日本の間で最大40%も航路が短くなると言われています。そして、航路がそんなにも短くなるということは、当然、そのぶん物流のリードタイムや燃料コストも削減されるとの期待が集まっているのです。

そして、

この北極航路という“近道”を成り立たせるために必要なのが、厚い氷に覆われた海を航行可能にする「砕氷船」です。

氷を砕いて進む特殊な構造をもつこれらの船が、通常の貨物船では通れない氷海のルートを開き、新たな物流の選択肢としての「北極航路」を現実のものにしつつあるのです。

 

※北極航路については、2024年12月16日付の本ブログ記事「溶ける氷が生む「機会」:北極海航路の実用化と課題とは」にも記載しておりますので、よろしければあわせてご参照ください。

でも、それがうちの会社とどう関係あるの?

さて。

ここが、本日の「本題」です。

 

北極航路の話は、決して物流やエネルギー企業だけのものではありません。サステナビリティに携わるすべての業種にかかわりがあると考えられます。

たとえば…

■輸送・調達リスクへの影響

原材料や部品をグローバルに調達している製造業、小売業、食品業など多くの業種で、「どの航路を通るのか」は今や経営リスクの一部です。

たとえば、ある調達品が北極航路経由の安価なルートで入ってくるようになれば、価格競争や納期圧力が業界全体に波及するかもしれません。

反対に、砕氷船不足や地政学リスクでそのルートが使えなくなったとき、“調達多様性”がどれほどリスク回避に貢献するかが試されることになります。

 

■コスト・効率重視 vs. 環境影響リスク

北極海航路の利用拡大は、企業にとっては輸送コストやリードタイムの削減につながる一方で、北極圏の生態系に対するリスクも増大するでしょう。

サステナビリティの観点からは、企業としては単に「コスト削減のために北極海航路を使う」という説明だけでなく、適切な環境アセスメントや安全対策、地域社会・先住民への配慮をどのように行うかについても説明する責任が出てくると考えられます。

また、そもそも、近年の気候変動の進行で北極の氷が減少していること自体が地球規模のリスク要因であるという点についてどう考えるかや、砕氷船による航海は燃費効率が悪化→環境負荷が必ずしも低減しないという可能性やリスクをどのように考えるかなど、サステナビリティ文脈での課題は多くあります。

 

■Scope3での説明責任が求められる可能性

たとえ、自社では直接北極航路を使っていなくても、サプライヤーや物流パートナーが利用している場合、その環境負荷について「Scope3」での説明が求められる可能性があります。

「環境にやさしいと言っていたのに、実は脆弱な極地の航路を使っていた」
──こうした批判にどう向き合うか。調達先の“航路”まで可視化して評価する力が、これからのサステナビリティ担当者には求められるかもしれません。

 

Scope3については、2025年4月9日付の本ブログ記事「スコープ3(Scope3)のその先へ──AI時代の「使う責任」と企業の静かなリスクについて考える」にも記載しておりますので、よろしければあわせてご参照ください。

 

今、言えそうなことは…

また、砕氷船や北極航路の話題は、目新しいテクノロジーの話でもなければ、海運業だけの関心事でもありません。これは、「気候変動による地球環境の変化」が、どれほど早く、どれほど深く、私たちの経済や意思決定に影響を与えるようになってきているかを示すひとつの象徴的なケースではないでしょうか。

 

北極航路と砕氷船が日米間の関税交渉における「切り札」として注目を集める現状は、企業様にとって「物流の効率化」というビジネスチャンスの存在を示すものである一方、(脆弱といわれる)北極圏の生態系保全の問題や、気候変動がそもそもこの航路開放をもたらしているという構造的矛盾にどう立ち向かうべきかなどの課題を提示しているとも言えます。

 

今回のブログを、「極地の未来」に関する砕氷船関連の一連の報道を、「自社の持続可能な未来」にかかわる話として考えるきっかけとしていただけましたら幸いです。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 航行にはロシアの許可、砕氷船の同行、専用保険などの高度な条件が必要となっています。ロシアによるウクライナ侵攻以降、地政学的リスクも大きいため、“西側”企業の利用は大幅に減少していると言われています。ただ、「研究」は進んでいるようで、たとえば日経電子版には本年(2025年)5月1日に「北極海情報、中ロ独占懸念に対処 研究船をグリーンランドに派遣へ」との記事が掲載されていました。

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