週末の日経電子版に、北極の氷が予想以上に早く消失する可能性があるとの記事が掲載されていました。
この記事では、地球温暖化の影響で北極海の海氷面積は年々縮小しており、従来の予測よりも数十年早く夏季の「氷のない北極」が現れる可能性が指摘されています。
北極の氷が溶けることが、気候変動の深刻化や生態系への壊滅的な影響など、大きなデメリットをもたらすことはご認識のとおりです。
しかし、一方で「氷が溶けること」によるメリットも、ないわけではありません。その一つが、「北極海航路(NSR: Northern Sea Route)」の利用可能性の拡大です。デメリットがあまりにも大きいために、あまり報じられることがないテーマですが、本日はあえて、このお話をしてみたいと思います。
北極海航路の利用可能性が高まることで、以下のようなメリットが挙げられます。
東アジアとヨーロッパを結ぶ海上輸送ルートとして、北極海航路はスエズ運河経由に比べて距離を約40%短縮できます。このため、輸送にかかる時間が減少し、貨物輸送の効率化が可能です。
航路の短縮により、燃料消費量が削減され、それに伴ってCO₂排出量も減少します。これは、海運業界における環境負荷の低減に寄与する点で重要です。
北極海航路を通ることで、スエズ運河航路で問題となる海賊リスクを回避でき、輸送の安全性が向上します。
これらの利点は、特に貿易量の多い日本や中国などのアジア諸国にとって魅力的です。日本では、すでに一部企業がこの航路の利用を試みています。
北極海航路は、日本にとっても地理的・経済的メリットが大きいとされています。例えば、ヤマル半島で生産されたLNG(液化天然ガス)は北極海航路を通じて日本に輸送されています。商船三井はこの輸送を担う砕氷LNG船を導入し、北極海航路を活用する先駆的な取り組みを行っています。
また、JAMSTEC(海洋研究開発機構)は砕氷機能を持つ研究船「みらいⅡ」の建造を進め、北極航路のさらなる可能性を探る研究を行っています。これらの取り組みは、北極海航路が将来的に日本のエネルギー供給や物流に重要な役割を果たす可能性を示しています。
しかし、2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、北極海航路の利用状況は一変してしまいました。
ロシアが北極海航路を事実上の「内海」として管理していることから、地政学的リスクが高まり、ロシアを経由する航路は西側諸国の企業にとって利用しづらい状況になっているのです。
このような状況では、北極海航路の利点を最大限に活用することは困難です。また、気候変動による氷の溶解が進んでも、砕氷船や護衛船の運用が必要であり、運航コストが依然として高い課題として残っています。
北極の「氷が消える」ことで、北極海航路の利用可能性が高まることは、確かに考慮すべきメリットの一つです。輸送効率の向上や環境負荷の削減など、地球規模での恩恵が期待されます。
しかし、現状では政治的リスクやインフラの未整備、生態系への影響など多くの課題があり、メリットがデメリットを上回るとは言い難い状況です。特に、ロシアの地政学的影響力や環境リスクを考慮すると、北極海航路の利用を安定的に拡大するには時間がかかるでしょう。
これらの点について、世界の海運会社がどのようにサステナビリティ開示(シナリオ分析)を行っているのか、今後、興味を持って読んでみたいと思います。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。