前回のブログで、報酬制度の目的が「社外取締役が役割を果たす」ことにあるというお話をしましたが、そもそも、社外取締役が “果たすべき役割”ってどんなものなのでしょう。
今回はこのお話から始めてみたいと思います。
教科書的にお答えするなら、社外取締役が“果たすべき役割”は、コーポレートガバナンス・コード「原則4-7. 独立社外取締役の役割・責務」(p.18)に書かれています。
(ⅰ)経営の方針や経営改善について、自らの知見に基づき、会社の持続的な成長を促し中長期的な企業価値の向上を図る、との観点からの助言を行うこと
(ⅱ)経営陣幹部の選解任その他の取締役会の重要な意思決定を通じ、経営の監督を行うこと
(ⅲ)会社と経営陣・支配株主等との間の利益相反を監督すること
(ⅳ)経営陣・支配株主から独立した立場で、少数株主をはじめとするステークホルダーの意見を取締役会に適切に反映させること
これではちょっとよくわからない、イメージがわかないとお感じになる方もおられるかもしれません(私はそうでした)が、どうぞご安心ください。そんな方におすすめの資料が最近、出たのです。それは、今年(2024年)1月に金融庁が公表した「社外取締役のことはじめ」です。(*1)
この資料の「3 社外取締役としての5つの心得」には、次のように書かれています。
心得1. 最も重要な役割は、経営の監督。中核は、経営陣の評価と指名・報酬
心得2. 社内のしがらみにとらわれず、会社の持続的成長に向けた経営戦略を考える
心得3. 業務執行から独立した立場から、経営陣に対して遠慮せずに発言・行動
心得4. 経営陣と、適度な緊張感・距離感を保 ち つ つ 、 信頼関係を築く
心得5. 会社と経営陣・支配株主等との利益相反を監督
いかがでしょう?
少し、イメージしていただきやすくなったのではないでしょうか。
さて昨日のブログでは、社外取締役への株式報酬付与に対し、投資家と学者それぞれの見解をご紹介しました。(以下に再掲します)
【投資家側のコメント】
社外取締役に対して株式報酬を付与することにより、社外取締役の目線が執行と一緒になり、果たすべき役割を果たせなくなるという懸念がある。
【学者のコメント】
社外取締役にもある程度の株式報酬は渡した方が良いと考えている。固定報酬とすると、継続して社外取締役として就任するために思い切った発言ができない可能性があるので、株主の利益を考慮するのであれば、むしろ株式報酬比率を上げた方が良いと思う。
これらを理解するヒントは、「心得3. 業務執行から独立した立場から、経営陣に対して遠慮せずに発言・行動」にあるのではと私は考えました。つまり、
投資家も学者も、社外取締役が「独立した立場で」「遠慮なく経営陣に対し発言する」ことが大事だと思っているという点では見解が一致している
↓ けれども
投資家はこの心得3の前半(=「業務執行から独立した立場」)の部分を、より重く見ている
学者は後半(=「経営陣に対して遠慮せずに発言・行動」)の部分を、より重く見ている
というところに違いが出たのではないかなと。
「執行から独立」していることをより重視している投資家は、社外取締役への株式報酬付与によって「社外取締役の目線が執行と一緒になり、果たすべき役割を果たせなくなるという懸念がある」と考え、
「経営陣に対して遠慮せずに発言・行動」することをより重視している学者は、固定報酬では、経営陣が社外取締役にとって “お得意様”になってしまう→社外取締役が経営陣に忖度し、モノを言わなくなってしまうということを懸念したのではないでしょうか。
このように考えてくると、両者の見解の一致している部分と相違点、そして解決の方向性も見えるように思います。
解決の方向性として、現段階で妥当な手段と考えられているのは「業績に連動しない」株式報酬(*2, *3)を活用することのようです。すでに導入している企業としては、たとえば、富士通様(2023年6月の株主総会で承認→導入)があります。
富士通様の件は、決定を主導されたのが社外取締役の向井千秋氏(元宇宙飛行士)ということもあってニュース性が高かったにもかかわらず、企業様としての開示は非常に淡々とした形であったことが印象的でした。
(統合報告書では、導入の目的について「株主・投資家の皆様との視点を合わせることを目的に」「株主の皆様との一層の価値共有を進め、当社の長期かつ持続的な企業価値の向上に資することを目的としています」と簡潔な表現だけで説明されていました)。
ですが、今年(2024 年)3月28日に出された「株式報酬制度の改定及び新制度の導入に関するお知らせ」というリリースを拝見し、なるほど、社内では手ごたえを感じ、さらに次へと改革を進めておられるのだなと感服した次第です(個人的な感想で恐縮ですが)。
ともあれ、日立製作所様が今後、統合報告書やサステナビリティレポート等でどのような開示をされるのかを、楽しみに待ちたいと思います。
本件、3回にわたり長々とお話してしまいましたが、何らかのご参考となっておりましたら嬉しく存じます。
来週は、また別なテーマでブログを書いていきたいと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1:より正確に申し上げるならば、「社外取締役のことはじめ」「3 社外取締役としての5つの心得」には、元となった資料があります。2020年7月に公表された「社外取締役の在り方に関する実務指針 (社外取締役ガイドライン) 」です。
社外取締役ガイドラインなどのコーポレートガバナンスに関する各種ガイドラインとその位置づけについては、経済産業省のページに掲載されている図がわかりやすいです。このページには「社外取締役のことはじめ」やCGSガイドラインを含め、各種ガイドラインへのリンクも載っていますので、ブックマークしておかれると便利かと思います。
*2:2021年の資料ではありますが、たとえば、ウイリス・タワーズワトソン「機関投資家から見た役員報酬の現状および今後の期待 ~機関投資家インタビューに基づく調査報告~」p4などがご参考になるかと存じます。
*3:「業績に連動しない」株式報酬にはどのようなものがあるのかやTOPIX100企業での導入状況等については、「日本のトップ100社のコーポレート・ガバナンス 2024」p93~96がご参考になるかと存じます。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。