サステナ開示をめぐる動向 / ニュース / 勉強用(初学者様向け)
昨夜はカナダのトルドー首相が辞意を表明したとのニュースがありました。
トルドー首相は気候変動対策を重視してきたことで知られています。
2020~2021年頃には「グリーン・リカバリー」(従来型の景気刺激策ではなく、脱炭素型社会に向けた投資によって経済を復興させよう、という考え方*1)という言葉もメディアでしばしば報じられました。
今回の辞任を受けて保守党が政権をとる場合、こうした取り組みは変化する可能性があります。
保守党は、経済成長と財政健全化を重視し、市場主導の政策を推進する傾向があります。また、地球温暖化に対して懐疑的な姿勢を示し、環境規制の緩和を支持することが多いです。
このため、保守党政権下では、環境規制の見直しやエネルギー政策の転換が行われ、サステナビリティへの取り組みが後退する可能性があります。特に、石油や天然ガスなどの資源産業を重視する政策が強化される可能性もあると、私は考えています。
(もっとも、カナダ国内には強力な環境保護団体があり、市民の環境意識も高いですので、これらが新政権の政策に影響を与える可能性もあるかもしれませんが…)
サステナビリティ政策に影響を与えそうな政治動向は、欧州にもあります。ドイツのオルフ・ショルツ氏首相が「CSRDの2年間の延期とその適用範囲のさらなる縮小」を要求したとの報道がありました*3。
ドイツでは昨年12月16日に連保議会でショルツ首相の信任投票が実施され、反対多数で否決。2025年2月23日には20年ぶりとなる解散総選挙が実施されることになったばかり*4です。
ショルツ政権(SPD、社会民主党を中心とする連立政権)は、環境政策に積極的な姿勢をとっていました。その背景にあったのは、連立政権*5を構成するひとつ=みどりの党(Bündnis 90/Die Grünen)の影響です。 みどりの党は、環境政策を中心に連立政権内で強い主張を行ってきました。その結果、ショルツ政権の環境政策にはみどりの党の色が色濃く反映されてきました*6。
ドイツは長年にわたり環境政策を推進し、環境保護と経済成長の両立を実現してきましたが、経済の屋台骨を支える自動車産業の不振、ロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の高騰や物価高、労働力不足などを背景に、ドイツ経済は低迷*7。
冒頭でお伝えしたショルツ首相の「CSRDの2年間の延期とその適用範囲のさらなる縮小」を求める発言は、低迷するドイツ経済をこれ以上の苦境に陥らせかねない“規制”への不満を代弁した、選挙対策の意味合いが強いでしょう。
とはいえ、人々の中にそうした不満があるからこそのこの発言であるということを考えれば、欧州経済の屋台骨を支える重要な一角であるドイツのCSRDへの姿勢は、選挙を経て変化する可能性があると言えるのではないでしょうか。
2025年はカナダの首相辞意表明にドイツの解散総選挙が続き、アメリカではトランプ大統領が再就任…というところからスタートすることになりました。
トランプ政権は、過去にパリ協定からの離脱を決定し、化石燃料産業の復活を推進する政策を取ってきました。再就任後も、気候変動対策や再生可能エネルギーへの投資が軽視される可能性があるでしょう。また、おなじみの「アメリカ・ファースト」政策は国際的な協調よりも国内の経済成長を優先しますので、グローバルなサステナビリティへの取り組みにも大きな影響が出る恐れがあります。
と、不確実性は高まっていますが…
実は私自身は、こうした「後退」とも見える流れの中にも、希望はあると考えています。
サステナビリティに大国の政治動向が影響を与えることは事実ですが、それだけの要因をもって全体の流れが決まるわけではありません。
なぜなら、サステナビリティの主役はいまや企業様を含む民間になっているからです。
先ほど申し上げた「後退」と見える流れについては、企業においてもみられることは確かです。たとえば、ユニリーバやマイクロソフト、シェルなどの大手企業が環境や社会に関する公約の一部を撤回していますし、今後、これらに追随する動きもみられることでしょう。
しかしこれらはむしろ、
企業が(外部の状況に迫られて)「大きすぎて守れない約束」をする
→期待された目標よりも小さな達成しかできない
→「グリーンウォッシング」などの批判を受ける(コカ・コーラの事例)
→企業が「グリーンハッシング」に陥る
といった悪循環を避けることにつながっていくのではないでしょうか。
ショルツ首相の書簡にあるように、CSRD規制(特に域外適用)が厳しすぎるというのはその通りだと思います。とはいえ、CSRD/ESRSの提供する視点が有益であることもまた、事実だと思うのです。
「ゼロか100か」ではなく、「現実的な落としどころ」を見極めることの重要性がより一層意識される年になるのではないか――私は、2025年をそのような期待をもってみております。
新年早々、長々と失礼しました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 出典:NHKみんなでプラス「グリーンリカバリー」が世界で加速 欧米も中国も」(2021年2月9日)
*2 出典:毎日新聞デジタル「大麻合法化、炭素税…カナダのトルドー政権、リベラル色鮮明の9年」(2025年1月8日)
*3 出典:Real Economy Progress (REP)「The REP Wrap: German chancellor pushes for CSRD delays」(2025年1月5日)
*4 出典:
ジェトロビジネス短信「ショルツ首相の信任投票が議会で否決、20年ぶりの解散・総選挙へ」(2024年12月19日)
NHK「ドイツ ショルツ首相 信任投票で「不信任」 議会解散へ」(2024年12月17日)
*5ショルツ首相の政権は、以下の3党の連立によって成立しました。
SPD(社会民主党):中道左派 – 労働者や社会保障に重きを置く。
FDP(自由民主党):中道右派 – 経済自由主義を重視。
みどりの党:環境重視の左派 – 気候変動対策や持続可能な社会への転換を最重要課題とする。
経緯についてはこちらの記事が詳しいです。
*6 以下に例を挙げます。
(1)再生可能エネルギーの推進
みどりの党は、ドイツのエネルギー政策で石炭や原子力から再生可能エネルギーへの転換を強力に推進しています。ショルツ政権はこれに応え、太陽光や風力発電の導入拡大を加速させています。
(2)気候変動対策
ドイツは2030年までに温室効果ガスを大幅に削減し、2045年までにカーボンニュートラルを目指す計画を立てています。この野心的な目標は、みどりの党のリーダーシップがあってこそでした。
(3)交通政策の改革
みどりの党は、公共交通機関の拡充や電気自動車の普及を強く推進しています。ショルツ政権下では、公共交通の利用促進や補助金政策が具体化されています。
*7 日経電子版は「24年の実質国内総生産(GDP)の予測は19年比で0.5%増と、日本の1.6%増を下回って主要7カ国(G7)で最低の成長率」と報じています。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。