日経電子版に、「日立、社外取締役に株式報酬 株主目線で経営を監督」というスクープ記事が載っていました。
この記事には、日立製作所様(以下、「日立製作所」と記載します)の役員報酬体系について
-グローバルな資本市場を意識した企業統治(ガバナンス)制度を整える
-優秀な人材を獲得するために、グローバル基準の報酬体系を目指している
と書かれていたのですが、
私自身は、この報酬体系変更、単に「グローバル水準に合わせた/を目指す」という以上の積極的な意味と申しますか、覚悟のようなものを示す施策ではないかと感じました。
今回のブログでは、私がなぜそう考えたのか、その理由を順にご説明いたします。
少々かたくるしい内容になってしまい恐縮ですが、役員報酬の基礎知識を学ぶ上でも有用な内容ではと存じますので、よろしければお付き合いいただけますと幸いです。
役員報酬への株式報酬導入自体は、珍しいことではありません。
先日のブログでもご紹介した「図解分析 日本のトップ100社のコーポレート・ガバナンス」のp81を見る限り、TOPIX100を構成する100社のうち、94社が導入済みです。
役員報酬に株式報酬を導入している企業がこれほど多い背景には、コーポレート・ガバナンス改革があるのでしょう。
2015年以降、日本では「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGS ガイドライン)のほかにもさまざまな資料を通じて、経営者報酬へのインセンティブ報酬導入が提言され続けてきました(*1)。
ただし、いずれの資料においても社外取締役を株式報酬の対象とすることは言及されておらず、実際、株式報酬導入済みのTOPIX100企業の大半は、役員の中でも「業務執行を担当する」役員の報酬に導入しています。
そしてこれは、日本企業だけでなく、英国・ドイツ・フランスでもそうであるようなのです。
(2023年8月17日に発表された、WTW「日米欧CEOおよび社外取締役報酬比較」の「図2: 日米欧社外取締役報酬比較(2023年調査結果)」を見る限り、社外取締役の報酬に株式報酬が含まれているのは、米国だけとなっています)
上記をお読みいただくとおわかりのように、日立製作所が今回発表された「社外取締役に株式報酬」との取り組みは、「グローバル標準」とは言うよりもむしろ、世界でも先進的な部類に入るものなのではと考えられます。
ではなぜ、そのように“先進的な”取り組みをあえて今、導入されたのでしょうか。
もちろん本当のところはわかりませんが、私自身は、議決権行使助言機関の意向がヒントになるのではと考えています。
議決権行使助言機関とは、企業が株主総会で提出する議案を分析し、賛否を機関投資家に助言する会社です(*2)。その大手である米国のISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)社とグラスルイス社は、いずれも、役員報酬と業績の連動性を重視する姿勢を打ち出しています(*3)。
2024年3月末には海外株主比率が5割を超えた日立製作所がこれら大手議決権行使助言機関の意向を一層重視する施策を打ち出されたとしても、おかしくはありません。
日経の記事には、今回の株式報酬導入について、「優秀な人材を獲得するために、グローバル基準の報酬体系を目指している」との説明もありましたので、この点についても考えてみましょう。
取締役会を構成する12名中9名が社外取締役である日立製作所にとって、優秀な社外取締役を惹きつけること、そして惹きつけ続けることは大変重要です。
ですが、役員報酬と業績の連動性を重視する立場をとる議決権行使助言機関は、役員の固定報酬枠増加には反対姿勢をとる可能性が高いです(*4)。となれば、日立製作所としては、業績連動型の報酬の割合を増やし、業績と株価を上げ続けるという施策をとらざるを得ないのではないでしょうか。
日立製作所はこちらの日経記事にもあるように、変動報酬部分を伸ばすことで役員報酬をあげた実績をお持ちの企業です。ですが、「こういう企業さんだったら、この施策をとるのは容易だろう」などと考えることは(少なくとも私には)できません。
なにしろ、日立製作所の社外取締役は、錚々たる大企業の経営経験者から成る(ちなみに9名中5名が海外の方です)タフなメンバー揃いです(*5)。 そんな彼らが、(株式報酬の導入により)一層「株主の立場に立って」参加することになる今期以降は、取締役会はより厳しいものになることが容易に想定されるのですから…。
日本国内では近年、取締役会の「実効性」をどうすれば高められるのか?という議論が続いてきました。
しかし、日立製作所の今回の施策はその上を行くもの――「社外取締役の」実効性」を高めることで取締役会の“厳しさ”を増し、さらにその「厳しさ」を引き受け、企業価値向上を果たし続けるという覚悟がなければとれない施策――だったのではないかと、私はこの記事を読んでそのように考えたのです。
===
本日も長々とした内容になってしまい、恐縮です。
お読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 たとえば、下記のような資料があります。
■2015年7月
「コーポレート・ガバナンスの実践 ~ 企業価値向上に向けたインセンティブと改革 ~ 」(コーポレート・ガバナンス・システム の在り方に関する研究会)
■2016 年10月
「経営者報酬ガイドライン(第四版)-経営者報酬ガバナンスのいっそうの進展を-」(日本取締役協会 投資家との対話委員会)
■2017年4月~
「攻めの経営」を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引-」(経済産業省)
※リンク先は、最新の改訂版(2023年3月時点版)
■2023年4月
「コーポレート・ガバナンス改革における 株式報酬導入の意義と展望」(経済産業政策局)
*2 出典:三井住友DSアセットマネジメント「わかりやすい用語集」議決権行使助言会社
*3
グラスルイス社は「2024 Benchmark Policy Guidelines」に、p30に「The Link Between Compensation and Performance(報酬と業績の連動性)」という項目を設け「社内外取締役または社内外監査役」に対しての報酬に、「業績に連動しない形のストックオプションなどの株式報酬を含むような報酬体系を推奨する」と明記しています。
ISS社も、「2024年版 日本向け議決権行使助言基準」のp25「8. ストックオプション/報酬型ストックオプション/株式報酬」にて、「日本の役員報酬は固定報酬が多くの割合を占めるため、役員の利益と株主利益との連動性が低い。そのため、原則的にはストックオプション制度のような業績連動型報酬の導入は促進されるべきである」と述べており、注記部分に社外取締役・社外監査役もその対象の例外とは考えないことを記載しています。
*4
ISS社は、上述の2024年版議決権行使助言基準のp25およびp27において、次のような表現で、「固定報酬」を増やそうとする動きをけん制しています。
「なお近年、株式報酬をはじめとする複数の役員報酬(例えば固定報酬枠、業績連動型報酬枠、株式報酬)をまとめて単一の議案として提案する事例が見られる。一般に投資家は複数の役員報酬のうち一つにでも反対する内容があれば、議案全体に反対せざるを得ない」
「(取締役報酬枠の増加について)下記のいずれかに該当する場合は、株価パフォーマンスや資本効率性を考慮し、個別判断する。
・固定報酬の増加を目的とする
・業績連動報酬の導入や増加を目的とするかどうかが不明である」
*5
最新の招集通知で確認しましたところ、新任の社外取締役であるイザベル・デシャン氏は、Nestle→Unilever→AkzoNobel→Rio Tinto(現職ECメンバー)という経歴をお持ちの方でした。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。