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前回のブログでご紹介した書籍、『ジェンダー格差――実証経済学は何を語るか』(中央公論新社)。
この本は私にとって、男女賃金格差の「わかったつもり」を覆してくれた一冊となったと前回、お伝えしました。
今回と次回では、私がなぜそう思ったのか、具体的には本書のどの部分でそう思ったのか、などの点についてお話をさせてください。
エビデンスベースでジェンダー平等への課題をとらえた本
本書の特徴は、徹底して、「経済学の分野で」「論文でエビデンスが示された内容」から言えることに絞った説明をしているところにあります。
筆者は経済学が専門なので、エビデンスを示したジェンダーにまつわる研究を取り上げることで、ジェンダー平等に関する議論に深みをもたらすことができればと思っています。
(出典:本書「はじめに」)
では、経済学は男女の所得格差という問題にどう向き合ってきたのでしょうか。
本書p191~の数ページを読むと、経済学にはこの問題に対する「伝統的な三つのアプローチ」があるということがわかります。
以下は、3つのアプローチのうち、2つに関する本書の説明を要約します。
経済学では学歴と職歴(年齢)で賃金を推定してきました(し、現在もそれは続いています)。
ここで学歴は、労働生産性の代替指標として使われています。
しかしながら、学歴を使って男女の賃金格差を説明しようとすると「先進国に限っては不都合が生じて」きた、と筆者は指摘しています。理由は「すでに女性の大卒割合が男性のそれを超えてしまったから」です。
女性は「結婚や出産による退職や、出産・育児休暇、子育てによる時短勤務など、職歴が中断されることも多い」ことから、経済学では「家事や子育てにかかる時間は、労働時間との『トレードオフ』、つまり両立しえないもの」と分析されてきたそうです。
しかし、実証研究の結果によれば「第一子については、長期的な所得水準の低下をもたらす」ことはいえそうであるものの、「子どもの数が増えると所得水準低下をもたらすという因果関係については、はっきりしたことはわかって」いないそうです。
(さらに言えば「夫の所得を超えそうな妻ほど家事にかける時間を増やす」との研究結果もあるのだそうです)
実証研究の結果を見る限り、経済学の伝統的アプローチのうちの2つ「学歴」と「キャリアの中断」は、男女所得格差問題の要因として説得力ある説明をできるものではなさそうです。
では、残る1つはどうでしょうか。
経済学の伝統的アプローチでは、「わかりやすい差別*1」を男女の所得格差の大きな要因と考えてきましたが、筆者は、
差別には
の2種類がある、と説明します。
前者は「特段合理的な理由もなく、管理職は男性のほうが向いている、好ましい、といった思い込み」などから発生する差別です。
これに対し、後者は次のような差別です。
これまでの従業員をみると、たとえば男性は離職率が低いけれど、女性は結婚や出産などにより離職率が比較的高いとします。雇用者は、せっかく仕事を覚えてもらった従業員には離職してもらいたくないので、男性を雇うと決めたとします。この場合は、男性を女性を雇うことについて雇用者にとくに好みによる違いはありませんが、これまでの経験から男性のほうが離職の可能性が低いということで雇うことを決めました。
(中略)
男性のほうが離職率は低いことが事実であり、その違いを正しく認識していれば、それは統計的差別であって…
(出典:本書p84~85)
ではこのような差別は、実際に存在しているのでしょうか。
そして、男女の所得格差の大きな要因となっているのでしょうか。
この点については、次回のブログでお話したいと思います。
執筆担当:川上 佳子
*1 以下、本書からの引用です。
日本で1985年に制定された男女雇用機会均等法は、採用、配置、昇進などあらゆる面で、性別を理由にした差別を禁止しています。裏を返せば、それまでは結婚や出産を理由とした解雇が普通だったということでしょう。いまでも現実にそれらが横行する実態もあるでしょう。結婚や出産を理由とした雇い止めは、アメリカでも20世紀中頃までは当たり前だったことは、第5章で触れたとおりです。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。