サステナ開示をめぐる動向 / 人的資本開示 / 開示基準等
気候変動に関する開示枠組み「TCFD」への賛同企業社数では、世界をリードしている日本。
生物多様性に関する開示枠組み「TNFD」についても、日本からは世界最多の80社がTNFDアーリーアダプターに登録しています*1。
このようにTCFD、TNFDへの関心が高く、その情報開示の柱(「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標)になじんでいる日本企業にとって、気になるニュースが今週、報道されました。「TISFDの正式な発足」です。
Launch of the Taskforce on Inequality and
Social-related Financial Disclosures (TISFD)
え?ちょっと待って?TISFDって何?聞いたことないんだけど…?
――という方もおられると存じますので、TISFDについて簡単にご説明します。
TISFDの正式名称は、Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures(不平等・社会関連財務開示タスクフォース)。
TISFDは、2020年に設立された「不平等に関連する財務開示タスクフォース(TIFD)」と、2022年から設立が進められてきた「社会関連財務情報開示タスクフォース(TSFD)」が組織を統合し、TISFDが発足。その後、ワーキンググループのもとで2024年9月の正式発足に向けた準備が進められてきました。
TISFDは「公共、社会、民間部門にわたる20以上の多様な組織の共同の取り組みにより発足」しており、ホームページでは、Founding Partnersとして下記の錚々たるメンバーが挙げられています。
(出典:TISFDホームページ「Founding Partners」)
なお、Co-Chairを務める4名とその出身母体は下記のとおりです。
TISFDが開発するフレームワークや基準等に注目すべきだと私が考えている理由は、
日本企業にとっては「S」情報開示の“ファイナルアンサー”になるかも
と考えているためです。
以下、その理由をご説明します。
サステナビリティ担当者さまの多くはすでに実感されているのではと存じますが…
ESGの「S」、特に、不平等や人権などの社会課題に関する情報開示は、いくつかの原則や指針などが存在している*6ものの、いずれも基本的には“上位概念”であり、具体的な開示の指針となるものは不十分であるのが現状です。
SSBJは現在、気候関連開示基準について2025年3月末までの最終化を目指しています。
SSBJの基準開発は、基本的にISSBの内容をそのまま取り入れるで進められています。
つまり、SSBJで不平等を含む人権などの社会課題に関する情報開示フレームワークの検討が始まるのは、ISSBでこのテーマが採りあげられ、検討され、パブコメを経て最終化された後…になると考えられます。
しかしながらISSBが「今後2年間の主要なテーマ」として選定したのは、生物多様性・生態系および生態系サービス(BEES)と人的資本です。人的資本の中に「人権」の内容が一部含まれる可能性もあるとの発言もありますが、不平等を含む人権を主体とした基準開発にはならない可能性が高いです。
となると、ISSBよりもさらに遅れての基準開発となるSSBJがこのテーマに取り組むのは、さらに先…となることが想定されます。
一方、日本においてはTCFDはすでにプライム企業にとって「実質義務化」されていること、また、冒頭で述べましたように、TNFDを含め、賛同企業数が非常に多い状況です。
こうした環境下、TCFDおよびTNFDと同様の「情報開示の柱」を持ち、相互運用性を担保された*7 TISFDのフレームワークや基準が受け入れられる可能性は高いと言えるのではないでしょうか。
TISFDが整合性を図るのは、TCFDやTNFDだけではありません。
ISSBやEFRAG、GRI、そしてOECDや国連機関等とも協力し、整合性を図ると述べているのです。
■国連機関やOECDが策定した国際基準やフレームワークを活用し、整合性を図る
Draws upon and fosters alignment with international standards and frameworks on the management and measurement of inequality and social-related issues, such as those developed by United Nations (UN) bodies and the Organisation for Economic Co-operation and Development (OECD);
■ISSBやEFRAG、GRIそして各国の規制当局と協力
Be available as a knowledge partner to standard-setting bodies such as the International Sustainability Standards Board (ISSB), European Financial Reporting Advisory Group (EFRAG), and Global Reporting Initiative (GRI), as well as state-based regulators;
■ SDGsを含むグローバル政策目標の貢献に努め、G20やG7とも適宜連携
Strive to contribute to global policy objectives, including the achievement of the Sustainable Development Goals (SDGs), and seek collaboration accordingly with global policy fora such as the G20 and G7;
(以上、出典はすべて注記2-(3))
この取り組みがうまくいけば、「現状、具体的な指針が不足」している、不平等や人権などの社会課題に関する情報開示の“ファイナルアンサー”となる可能性が高いと思うのです。
2024年9月に「正式発足」したばかりの組織ではありますが、TISFDには今後さらに注目し、その動向を見て行きたいと思います。
—
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 出典:WWFジャパン 2024年1月18日「日本から世界最多の80社がTNFDアーリーアダプターに登録」
*2 下記3点を出典としています。
(1) TISFDリリース「Joint Statement on Convergence Between TIFD and TSFD」
(2) TISFD MAY 2024「The Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures」
(3) https://www.linkedin.com/feed/update/urn:li:activity:7102273687029972992/?utm_source=share&utm_medium=member_desktop
*3 より正確には下記のように記載されています(出典は上記*2-(3)。なお日本語は筆者による試訳です)
Develop a global framework for inequality and social-related disclosures that will:
➢ recommend disclosures for companies and investors to communicate their inequality and social-related impacts, dependencies, risks, and opportunities, including as they relate to governance, strategy, and management processes; (企業と投資家が、ガバナンス、戦略、経営プロセスに関連するものを含め、不平等を含む社会関連の影響、依存、リスクおよび機会を伝えるための開示の推進)
➢ be grounded in an understanding of effective risk management in alignment with the international standards regarding corporate respect for human rights and with particular attention to system-level inequality;(企業による人権尊重に関する国際基準に沿った効果的なリスク管理の理解を基礎とした開示の実施。特にシステムレベルの不平等に注目)
➢ include an organizing construct through which the range of inequality and social-related topics, and the relationships among them, can be readily understood;(不平等を含む社会課題に関連する論点の範囲と論点間の関係を容易に理解できるような開示の構成を構築)
➢ provide agreed definitions of key inequality and social-related terms and concepts that enable consistency and comparability of the approach in how they are applied;(不平等および社会課題関連の主要な用語と概念の定義。※フレームワークの適用時に一貫性と比較可能性を可能にするため)
*4 具体的には、下記のように記載されています(出典は上記*2-(3)。なお日本語は筆者による試訳です)
➢ which information on inequality and social-related impacts, dependencies, risks and opportunities may be material from a financial materiality and an impact materiality perspective, including as a result of entities’ contributions and exposure to system-level risks and opportunities;(不平等を含む社会課題の影響、依存、リスクおよび機会に関する情報で、財務上の重要性および影響上の重要性という観点から重要となり得るものは何か。また、企業によるシステムレベルのリスクおよび機会への貢献およびエクスポージャーの結果として重要となり得るものは何か。)
➢ the design of inequality and social-related metrics and targets, as well as identification of thresholds, tipping points, and triggers and why they are important for companies and investors;(不平等を含む社会関連の指標および目標の設計、ならびに閾値、転換点、引き金となる事象の特定。なお、それらが企業および投資家にとってなぜ重要であるかを含む)
*5 世界最大の国際労働組合組織
*6 国際人権規約(自由権・社会権)、国連 ビジネスと人権に関する指導原則、ILO基本8条約、ILO宣言、ILO多国籍企業宣言、OECD多国籍企業行動方針、国連グローバルコンパクトなど
*7 出典は上記*2-(3)。”Supports interoperability with the frameworks of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures (TCFD) and the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures (TNFD), as well as with existing sustainability disclosure standards;”
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。