引き続き、セブン&アイ・ホールディングスさん(以下、セブン&アイと記載)について書きます。
※前回の記事はこちら
※本日は「開示の書き方」ではなく「開示などから読み解くリスクマネジメントの状況」の話となりますが、ご容赦ください。
さて。
セブン&アイに対するクシュタールの買収提案は、実は、今回が初めてではありません。
「米ブルームバーグ通信によると、2005年頃に買収を提案し、2020年にも再び提案した*1」とのことです。(このあたりの状況はセブン&アイからの開示やリリースが見当たらないことから「成立しなかった」ということしかわかりませんが)
2023年には、以前から 「イトーヨーカドーを分割しセブンイレブンに注力すべきだ」と主張してきた米国の投資会社バリューアクト・キャピタル・マネジメントの提案がありましたが、セブン&アイはこのように辛辣(しんらつ)な文言を含む「見解」を発表し、提案は5月の株主総会で否決されました。
当社取締役会及びガバナンス体制に関するバリューアクトの根拠無き批判は、当社の本質的な戦略推進に関する議論を妨害するものである
(出典:株式会社セブン&アイ・ホールディングス「バリューアクトによる4月20日レターに対する当社取締役会の見解」(2023 年4月25日) )
こうして並べてくると、セブン&アイは“数々のピンチを華麗に乗り越えてきた”感がありますが、バリューアクト後の同社の動き*2 を「逃げ」と断じた記事もあります。
この提案は総会では否決されたのですが、バリューアクト以外の海外機関投資家にも影響力のあるアメリカの議決権行使助言会社がこの提案に対して賛成を推奨したことが注目を集めました。
つまり、モノ言う株主がセブン&アイの経営陣に対して「No」を突きつけたわけです。
(中略)
総会ではこの提案は否決されるとともに、セブン&アイとしてイトーヨーカドーとセブンイレブンとのシナジー戦略を強く主張することで、ファンドの提案を完全に退けた形になったのですが、この一件は、社内では圧倒的な権力を掌握する井阪氏も、その玉座を脅かすものがあるとすればそれは株主の圧力であるという事実を印象づける事件にもなりました。
そして現実のセブン&アイはグローバルコンビニ事業に力を入れるどころか、昨年のそごう・西武売却パートナーの選定に不動産ファンドを選ぶという経営判断ミスを犯しました。さらにその結果、百貨店売却にものすごく多くの経営エネルギーを割かなければならないという状況に追い込まれています。
このままでは、来年の株主総会で株主からどのような提案が出てくるかわかったものではない。だったら9月1日で株式売却を強行して、あとはファンドと従業員の間の問題にしてしまったほうがいいというのが、透けて見えてくるセブン&アイの逃げ得戦略なのです。
(出典:鈴木貴博:百年コンサルティング代表「「そごう・西武売却」セブン&アイの2大誤算…経営陣は「逃げ得」できるのか?」(ダイヤモンドオンライン、2023年9月1日) )
セブン&アイはこのまま「逃げ上手」でいることはできるのでしょうか。
ここで、有価証券報告書の開示を見てみましょう。
「M&Aに関するリスク(買収防衛)」への対策として、直近(2024年2月期)の有価証券報告書(p34)に書いてあったのは以下の2点でした。
- 業績の更なる向上やコーポレート・ガバナンスの強化等を通じたグループ企業価値の最大化
- 「財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針」「買収防衛策」の策定
ですが、2点目に記載されている買収防衛策、直近(2024年6月3日更新)のコーポレート・ガバナンス報告書(14ページ目)には、導入「なし」との記載とともに、
当社は、現時点では、「株式会社の財務及び事業の方針の決定を支配する者の在り方に関する基本方針」(会社法施行規則第118条第3号)を明確な形では定めておりませんが (中略) 当該基本方針については、今後の法制度が裁判例等の動向及び社会的な動向を踏まえ、引き続き慎重に検討を進めてまいります。
との説明がなされています。
そして。
さらに調べてみて驚いたのは、この文言が2007年2月期からずっと変わっていないということでした。
確かに昨今の状況を踏まえれば、買収防衛策の導入が難しいという事情はあるのだろうと拝察します(この点についての説明は省きますが、脚注にご参考となりそうな資料を挙げておきますのでよろしければご参照ください*3) が、それにしても検討が長すぎやしないでしょうか。。。
2024年2月期有価証券報告書 3【事業等のリスク】 を読んでいて、もうひとつ「おや?」と思ったのは、「M&Aに関するリスク(買収防衛)」のリスククラスが低い*4ことでした。
本件のリスククラスは「当社モニタリング対象リスク」。これは、同社様の説明によれば役割・責任が
となるリスクです。
ここだけを見ると、被買収リスクがあるとしてもそれはあくまで傘下の子会社を対象とするものであり、ホールディングス全体が買収対象になるとは(少なくとも開示から見える範囲では)想定していなかった、というふうに読めてしまいます。
こうした認識も、買収防衛策の検討が進んでいなかった背景にあるのかもしれません(あくまで推測の域を出ませんが…)。
(出典:株式会社セブン&アイ・ホールディングス 有価証券報告書(2024年2月期) p30)
買収防衛策が現時点で導入されておらず、「会社まるごと」買収されるリスクも(あまり)想定されていなかったとしたら、どうするか。
日本において、伝統的に(?)活用されてきたのは、「株式の持ち合い(政策保有株式)」を活用する手法です。
※実はこれ、セブン&アイにおいても、直近で少し増えているようではあります*5。
しかしこの手段が今後は使いにくいことは皆さまご承知のとおりです。
金融庁は、全上場企業を対象に政策保有株の適正開示調査へ乗り出すと報じられています。
金融庁は、一部の企業の政策保有株の削減が「見せかけ(ウオッシュ)」になっていると懸念する。純投資への変更によって投資家の監視をかわす一方、実質的には安定株主を確保したいとの思惑が働いているとの見方がある。
(出典:日経電子版「金融庁、政策保有株の適正開示調査へ 全上場企業を対象」(2024年5月27日))
買収防衛策がなく、 政策保有株の保有も難しいという環境に加え、2023年8月には、経済産業省が「企業買収における行動指針(M&A指針)」を策定しています*6。
指針は株主価値の向上につながる買収を妨げないために「真摯な買収提案は真摯に検討すべきだ」としている。これまでは水面下で買収の提案を受けても、社長ら経営陣が取締役会にも諮らずに握りつぶすことも多かった。
指針は買収提案がきたら速やかに取締役会で議論するように求めている。買収提案があることや、自社が身売りを検討していることを公表することもある米国に近づいた。外資の傘下には入りたくない、という感情的な反対論だけでは拒否できないようになった。
(出典:日経電子版「セブン&アイも標的 「外資買収わずか2割」日本に転機」2024年8月21日)
以上を踏まえると、現在の状況は、“王者”セブン&アイといえども「逃げ上手」のままではいられない状況になっているのではないか、そしてそれは、円安と株価低迷を背景に“お買い得”となってしまっている日本の他企業様にとってもヒトゴトではないのでは…ということに、今さらながら気づいた次第です。
「日本市場でこんなことが起こる日を待っていた。8月19日は忘れられない日になった」。アジア株を売買する海外ヘッジファンドは同日、海外から大型買収提案を受ける可能性が高まったとして任天堂やオリンパスなど複数銘柄を買った。
(出典:日経電子版「セブン&アイも標的 「外資買収わずか2割」日本に転機」2024年8月21日)
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本日は長々としたブログになってしまい申し訳ありません。
ここまでお読みいただいた方、ありがとうございました。
このシリーズ次回は、開示の話に戻るつもりです。
セブン&アイに加え、小売業界の開示優良企業様の事例も入れつつ、「事業等のリスク」の書き方の参考になるポイントを拾っていきたいと思います。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 出典:読売新聞オンライン「セブン&アイのカナダコンビニ大手による買収実現は難しいとの見方広がる…株価急落」(2024年8月20日)
*2 セブン&アイがアクティビストから構造改革を迫られてきた経緯については、日経電子版「セブン&アイ、沈む市場評価 「買われるリスク」高める」(2024年8月19日)にまとまっています。また、そごう・西武売却問題については、日経ビジネス「31日ストへ セブン&アイのそごう・西武売却問題で知りたい10のこと」(2023年8月29日)がわかりやすいと存じます。
*3 2024年1月現在の買収防衛策に対する機関投資家の議決権行使基準については、大和総研「買収防衛策の近時動向(2024年1月時点版) 活性化する非友好的な株式取得と買収防衛策のあり方」(2024 年2月6日)p12でご覧いただけます。この資料では、「買収防衛策の導入が2023年12月末時点で263社とピーク時の半分以下に減少している」ことを示すデータや、買収防衛策の役割が変わってきている事についてもお読みいただけます。
なお、大和総研「2024 年6月株主総会に向けた論点整理 企業価値向上に向けた経営陣の「覚悟」が求められる株主総会へ」(2024 年6月5日)もあわせてお読みいただくとご参考になるかと存じます。
*4 同社様の2024年2月期有価証券報告書p34をご参照ください。
*5 2023年8月25日付の東洋経済ONLINE記事では「33銘柄」となっていましたが、2024年2月末現在の保有銘柄は、セブン&アイHDホームページによれば「50銘柄」となっています。
*6 セブン&アイもこの指針を意識している、と日経電子版が報じていること等については前回の記事をご参照ください。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。