今週は「税務開示」をテーマにお話をしています。
第2回目の本日は、税の透明性・公平性が求められるようになったそもそもの理由について、できるだけわかりやすくご説明できるようにしてみたいと思います。
1980年代~90年代は、各国の税制の違いやタックス・ヘイブンを活用した“節税”(課税逃れ)が盛んになった時代でした。
顕著になってきたのは1980年代。代表的なのは「ダブルアイリッシュ・ウィズ・ア・ダッチサンドイッチ*1」と呼ばれる手法で、米アップルが編み出したとされる。アイルランドやオランダ、英領バミューダ諸島などに法人をつくって複雑な取引を介して税負担を軽減してきた。
(出典:日経電子版「『税逃れ天国』復活か 国家とマネー、終わりなき戦い」2023年1月10日)
※ちなみに上記の記事には、
の推計に基づくグラフも載っています。
グラフをご覧いただくと、「なるほど、問題視されるのも無理はないな…」と感じていただきやすいと思いますので、(日経電子版の閲覧が可能であれば)ぜひご覧ください。
さて。
節税が盛んになったということは、裏を返せば、節税をを可能にする「環境」があったということ。
では、その「環境」とは何だったのでしょうか。2点、ご紹介します。
国際的な課税ルールは、「PE*2なければ課税なし」*3。
これは、OECDモデル租税条約の第7条で規定されている原則です。
ですが、インターネットが登場し発展を遂げたことにより、この原則ではカバーできない領域ができてしまうことになりました。なぜなら、その国にPEを置かなくてもビジネスができるようになってしまったからです。
世界では過去30年以上にわたり、法人税の引き下げ競争が進んできたと言われています。
目的は、外国企業を誘致したり、投資を呼び込んだりすること。そのために各国は、法人税率を低く設定したり優遇税制を設けたりしてきました。
上記の(1)や(2)の結果、各国の財政基盤は弱体化しました。
これを問題視した各国は、OECDを通じてその解決に乗り出しました。具体的には、OECDで「BEPS*4(税源浸食と利益移転)プロジェクト」を立ち上げ、取り組みを進めたのです*5。
2012年から2021年までの主な出来事は下記のようになっています*6。
2021年に合意された、BEPSの解決策には「二つの柱」があります。
それぞれ対応した解決策となっています。
国際課税の原則を見直して、グローバルIT企業などがPEなしに活動する市場国に対しても、一定水準以上の営業利益を基準に新たな課税権を配分する「デジタル課税」の導入
出典:参議院「視点:BEPSプロジェクトとデジタル課税」(2020年11月3日)
(図の出典:財務省「もっと知りたい税のこと(令和4年6月発行)」7 「国際課税」を知ろう)
国際的に最低限の税率を定めた上で、それを下回る国への利益移転に対して、利益を移転される国が課税できるルールの導入
出典:参議院「視点:BEPSプロジェクトとデジタル課税」(2020年11月3日)
(図の出典:財務省「もっと知りたい税のこと(令和4年6月発行)」7 「国際課税」を知ろう)
ここまで、「税の公平性」「税の透明性」が求められるようになった背景について、近年の経緯などを簡単にまとめてみました。
BEPSの解決策である「二つの柱」は、現在、必ずしも順調に進んでいるとは言えない状況にあります。
(特に第1の柱=デジタル課税については、多くのグローバルIT企業を抱える米国の姿勢が消極的であり、議会で批准に必要な超党派の合意が得られる見通しが立っていません*7)
とはいえ、サステナビリティ開示をめぐる環境について考えれば、日本ではいよいよ本年(2024年)よりグローバル・ミニマム課税が開始となり、7月にはG20財務相・中央銀行総裁会議で「国際租税協力に関するG20閣僚リオデジャネイロ宣言」が公表されるなど*8、企業に対し、税の公平性と透明性を求める状況が加速していることに変わりはありません。
こうした中、企業さまには今、税務開示としてどのような内容が求められていると考えれば良いのでしょうか。本日お伝えした内容を見る限り、前回のブログに書いた「プランニングとコンプライアンスのバランス」は、「コンプライアンス」のほうに比重をかけたほうがよさそうに見えますが…どうなのでしょう?
この点については、次回のブログでご一緒に見ていきたいと思います。
本日は長めの内容となってしまいました。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上佳子
*1 ダブルアイリッシュ・ウィズ・ア・ダッチサンドイッチの仕組みについて知りたい方は、日経電子版「タックスヘイブン、米IT大手が巧みに活用 知ってナットク!企業と税金(6)」(2019年7月19日)がご参考になると存じます。(図解も載っています)なお、ダブルアイリッシュはその後、廃止されています。このあたりの経緯は、日経電子版「アイルランド、多国籍企業の税制優遇廃止」(2014年10月15日)でお読みいただけます。
*2 PEとは、恒久的施設(Permanent Establishment)の略で、一般に、事業を行う一定の場所等のことを指します。PEについて詳しく知りたいかたは、JETROホームページの貿易・投資相談Q&A「恒久的施設(Permanent Establishment: PE)とは」がご参考になると存じます。
*3 「PEなければ課税なし」の仕組みについて詳しく知りたい方は、令和3年度経済産業省委託事業 中堅・中小企業向け「進出先国税制および税務ガバナンスに係る情報提供オンラインセミナー」資料「国際税務の基礎知識②「租税条約基礎」」(2022年1月、デロイトトーマツ税理士法人)のp13~18がご参考になると存じます。
*4 BEPSは「Base Erosion and Profit Shifting」の略。
*5 本件には日本も大いに貢献したのだそうで、OECD日本政府代表部のホームページ上には、次のような記載がありました。
この大改革の発端を日本が作り、地道に議論を主導してきたということは、もっと宣伝しても良いかもしれません。2012年に、OECDの租税委員会別ウィンドウで開くが「税源浸食と利益移転(BEPS:Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクト」を立ち上げました。この議論の大枠を纏めたのが、当時の委員会の議長、財務省の浅川雅嗣財務官(当時。現アジア開発銀行総裁)でした。そしてその後、2016年に日本がG7議長国になった機会に、国際課税を重要議題の一つに掲げて協議。引き続き京都において、BEPSプロジェクトでの合意事項を実施に移すための「BEPS包摂的枠組み」を立ち上げ、合意事項への参加国を大幅に拡大しました。2019年にもG20議長国として各国との調整を進めました。G20財務大臣・中央銀行総裁会議において、議長の麻生財務大臣(当時)が、「経済の電子化に伴う課税上の課題に対する解決策」の策定に向けた作業計画への合意を取り纏めました。これらが今日のOECDでの成果に繋がったのです。
今まで法人税率を低くして企業を誘致してきたアイルランドやハンガリーなどの国々、また莫大な利益を上げる巨大IT企業を国内に抱える米国や中国も、この見直しに合意できたというのは驚くべきことです。その調整の裏側で日本が大きな役割を果たしてきた。こういう日本のお手柄は、報道にも殆ど取り上げるところがないのが残念です。日本人は謙虚で自己主張を控えますからね、なかなか世間に知られない。それをしっかり世界に周知するのも、大使としての私の役割です。
*6 日経電子版「法人最低税率15%、23年に 引き下げ競争に歯止め」(2021年10月9日)および上述の脚注4でご紹介した資料のp33を参考に作成
*7 第1の柱=デジタル課税に関する米国の状況は、日経電子版記事「デジタル課税遠い決着、独自税復活に懸念 G20の焦点に」(2024年7月24日)「起動できないデジタル課税、米大統領選も影響 識者分析」(2024年7月28日)などをご参照ください。
ちなみに、第2の柱=グローバル・ミニマム課税に対する米国の姿勢は第1の柱に対するものとは異なります。このあたりの解説は、たとえば東京財団政策研究所「「OECD/G20包括的枠組み」の国際課税合意 ―アメリカ・EUの取組と日本の選択」(2021年10月27日)や、NHK サクサク経済Q&A「大転換に?法人税引き下げに“待った”」(2021年4月13日)などがご参考になると存じます。
*8 G20で税に関する閣僚文書をまとめたのは初であり、この宣言には巨大IT企業対象のデジタル課税に関する多国間条約の早期確定についても記載されています。G20については、日経電子版記事「グローバルサウス、G20の議論先導 格差是正へ税に焦点」(2024年7月27日)、「G20閉幕、超富裕層に累進課税 3会合ぶりに共同声明」(2024年7月27日)などをご参照ください。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。