この記事の3つのポイント
最近、私は二本の記事をお届けしました。
一本は「食品が新たなタバコになる日」——UPF規制の本質は健康ブームではなく財政問題だという話。
もう一本は、「『職場の若手がわからない』と感じているなら、まずシール帳を始めてみませんか?」。シール帳の話を皮切りに、現代の消費者がいかに自分の人生のキュレーターになったのかという話。
今回はこの二つが、一つの現象でつながるというお話をしたいと思います。
Doveから「ふわとろクリーミースクラブ 堂島ロール」 という限定コラボ商品が出ています。
あの有名パティスリーとスキンケアのコラボ。
クリームのような質感、スイーツを想わせる甘い香り。
「ふわとろ」という食感の言葉がそのままボディケアの説明に使われています。
これを「面白いコラボだな」で終わらせてしまうと、ちょっともったいないように思います。
食べずに甘さを体験できる。
カロリーも糖質も摂らずに、スイーツの感覚だけを手元に置ける。
——これは偶然ではなく、消費者の深いところにある欲求に刺さっているのではないかと思うからです。
実はこの構造、コスメ業界では以前から起きていました。
「グルマン系フレグランス」*1というジャンルがあります。
バニラ、キャラメル、チョコレート、シュガー——甘い食べ物を想起させる香りの香水です。
これが特に2000年代以降、女性向け香水の主流カテゴリのひとつになってきました。
「食べられない甘さ」を纏うという行為が、ラグジュアリーとして成立しています。
リップバームも同じ構造です。
桃やいちご、マシュマロ味など、香りと質感でスイーツ体験を唇の上で再現する商品が多数あります。
スキンケアでありながら、報酬系への刺激という意味ではお菓子と隣り合わせです。
バスボムやボディスクラブでは、「ケーキのような泡立ち」「クレームブリュレの香り」といった表現が当たり前になっています。@cosmeのトレンドレポートでも「フレグランスのような香りがご自愛ニーズにヒット」という分析が出たことがあり*2、香りを通じた自己報酬の欲求はデータでも確認されています。
そしてこの流れは、より具体的な形でも動き始めています。
2025年4月にDoveが堂島ロールとのコラボを発売し、SNSで大きな反響を得て、同年10月には第2弾も始まりました。
「お風呂で堂島ロール体験」というキャッチコピーが端的に示すように、これは食べることなくスイーツ体験を日常のスキンケアに組み込む試みです。
好評が継続するビジネスになっていることが、需要の本物さを裏付けています。
そして2026年2月、ブランド誕生20周年を迎えたジルスチュアート ビューティは「プチパティスリー コレクション」を展開しています。
バニラとナッツが奏でる「カスタードのやわらかな甘みに誘われて、気分はまるでパティスリーにトリップ」というコピーで、オードトワレ、チーク、リップバームを展開。
注目したいのは、このコレクションが2012年に発売した「Patisserie Collection」の限定復刻である点です。
14年前に「パティスリーの甘い記憶」をコスメという形で手元に置いた人たちが、今もそのブランドを愛用し続けている——それ自体が、キュレーターが断片を長く保持するという消費行動の証明とも言えそうです。
これらはすべて、食べずに食の感覚を手に入れる行為です。
前回の記事でお伝えしたように、UPF規制は「健康ブーム」ではなく、財政制約に駆動された制度化の必然に近いものです。
課税、広告規制、表示義務——この三つの回路が揃うことで、甘いもの・加工食品への「罪悪感コスト」は今後ますます上がっていきます。
では、罪悪感コストが上がると何が起きるのでしょうか。
答えは…
人は、報酬系を「別の出口」に移動させます。
タバコ規制が進んだとき、電子タバコという代替市場が急拡大しました。
アルコール規制の文脈では、ノンアルコール飲料が単なる「飲めない人のための代替品」から「選ぶ理由がある飲み物」へと格上げされました。
食の規制でも、同じ構造が起きると考えるのは自然です。
「甘いものを食べる」という行為への制度的・社会的プレッシャーが高まるほど、「甘さを食べずに体験する」非食品カテゴリへのニーズが構造的に高まっていく——Doveの堂島ロールコラボは、その流れの最前線にいる一例としても読めそうです。
ただ、ここで一つ付け加えたいことがあります。
報酬系の移動を引き起こすのは、規制という外圧だけではない、ということです。
2026年2月、スポーツ用品メーカーのミズノとサッポロビールが協働開発した「サッポロ SUPER STAR」を、「スポーツノンアル」という新カテゴリで登場させる予定なのだとか。
(参考記事)
日経クロストレンド「ミズノがノンアルビール参入のなぜ サッポロと異色タッグで市場創造」(2026年2月17日)
このコラボの発端が面白いのです。
以下は、記事を読んでわかったことです。
ミズノが消費者調査で「運動後のビールのためなら頑張れる」と答える人が多いことを発見した。ところがアルコールには脱水と筋肉分解のリスクがある。スポーツメーカーの立場として「運動後のビール」をそのまま打ち出すわけにはいかない。
そこで発想が生まれた——ビールのご褒美感はそのままに、ノンアルで成立させられないか、と。
これはUPF規制との関係はありません。
「目標(運動継続)と報酬(ビール)が矛盾している」という行動の内部構造が、移動を引き起こしているのです。
重要なのは、ミズノという食品企業ではないプレイヤーが、飲料の報酬系を設計しにきたという点です。
スポーツ用品を売るために、運動後の「飲む体験」を再設計する——これは「食品以外のカテゴリが、食と飲料の報酬系を競争の道具として使い始めた」ということでもあります。
ここまでで見えてきた事例を並べると、「報酬系の移動」には少なくとも三つの異なるパターンがあることがわかります。
一つ目は「甘さの代替」です。
DoveとジルスチュアートはUPF規制やダイエットのプレッシャーが高まるなかで、食べない甘さを香りと質感で提供するポジションに入りました。スキンケアが、菓子の隣のカテゴリとして機能し始めています。
二つ目は「苦さ・飲みごたえの代替」です。
ミズノ×サッポロは、運動という目標と相反するアルコールの報酬感を、ノンアルという形で分離して提供しようとしています。規制ではなく行動の矛盾が、移動のトリガーになっているケースです。
三つ目は「想起の維持」です。
「BOSS」の大相撲コラボやブラックサンダーのルアーは、報酬体験そのものを代替するというより、購買文脈から遠い空間にブランドを置き続けることで、いざ買う瞬間に「最初に思い出されるブランド」であり続けようとしています。規制で購買機会が減るほど、この戦略の価値は上がります。
三つのパターンはそれぞれ独立しているようで、根っこでつながっています。「食べる・飲む」という行為への制約が増す環境のなかで、報酬の体験をどこに、どう置くか——その問いに、食品・飲料・コスメ・スポーツという異なるカテゴリの企業が、それぞれの答えを出し始めているのです。
Doveの堂島ロールコラボは、その流れの一例として読めるように思います。
ブランドの世界観ごと移住するのではなく、自分の世界観の素材として商品を選びます。
この視点で「食べない甘さ」の商品を見ると、もう一つの意味が見えてきます。
堂島ロールのスクラブを使う体験は、「堂島ロールを食べた記憶」や「スイーツが好きな自分」という断片を、スキンケアという日常行為の中に取り込む行為です。
食べることへの制約が増えたとき、その「断片」はスキンケアやフレグランスという形で手元に置かれるようになる。キュレーターはあらゆるカテゴリから自分の物語を構成する素材を探しています。
規制は、その探索範囲をより広く、より深くする可能性があります。
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このように、一見バラバラに見えるニュースの根っこに同じ構造を見つけること——それがサステナビリティ担当者様の仕事を面白くしてくれる、と私は信じています。
カルビーの菓子ブランドの販売権取得、マイナ保険証、Doveと堂島ロールのコラボ。
これらはすべて、同じ地殻変動の異なる表れです。
財政制約が食を制度化し、制度化が報酬系を移動させ、移動先で新しい市場が生まれる。
その流れを一番速く読むことができるのは、実はサステナビリティ担当者さまなのかもしれません。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、来週のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 参考となる記事の例…DEPACO『【グルマン系の香水】6種試してみた!フレグランス好きDEPACOメンバーが徹底レビュー』(2025年3月14日)
*2 出典:2024年話題のコスメを総括!~スキンケアは、国産で守り韓国で遊ぶ!!メイクアップはこれまで注目度が低かった『じゃない方』消費?!~|@cosmeベストコスメアワードレポート2024
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。