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ネクタイは誰のものか――「若者向け」にしない勇気と、人的資本時代のブランド設計

DEI / 人材戦略

この記事の3つのポイント

  • 若者やDEIを「ターゲット」として捉える発想そのものが、企業ブランドの入口を狭めている可能性がある
  • ネクタイは商品ではなく、「どんな大人の世界に招くのか」を語るための入口設計として再定義できる
  • 人的資本経営の本質は、管理や最適化ではなく、「選ばせる自由」をどこまで差し出せるかにあるのでは

 

本記事は、2025年7月14日付ブログ記事『「騎士」の時代に学ぶリクルートブランディング──「船員不足」の解消には、人材不足時代ならではの“憧れ”戦略が有効かも続編です。
未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。

「騎士」の次に、もう一度考えたいこと

前編では、「『騎士』の時代に学ぶリクルートブランディング」というタイトルのもと、仕事や職業が本来もっていた「誇り」や「所属の物語」について考えました。

人は、条件や合理性だけで動くわけではありません。
「この世界に入ってみたい」「あの一員になりたい」という感情こそが、行動のきっかけになってきた――そんな視点でした。

 

今回取り上げるネクタイも、実はその延長線上にあります。

ネクタイは、単なる服飾小物ではなく、社会に出ること、大人になること、ある世界に足を踏み入れることを象徴する「入口」の役割を、長く担ってきたアイテムだからです。

 

女性用ネクタイ、なぜ「惜しい」と感じたのか

2026年1月、青山商事が女性向けネクタイを発売したことが日経電子版で報じられました。

 

(ご参考記事)
日経電子版「青山商事が女性向けネクタイ メンズスタイルの需要増受け」(2026年1月21日)

 

メンズスタイルを取り入れる女性の増加という変化を捉えた、誠実な取り組みだと思います。
けれども、読みながら私は少しだけ立ち止まりました。

 

違和感というほど強いものではありません。
どちらかといえば、「惜しい」という感覚に近いものでした。

 

理由はシンプルです。
このネクタイが、
「誰に、どんな自由を渡そうとしているのか」
そこまで語り切れていないように感じたからです。

 

サイズを短くし、細くし、女性向けに調整する。
それは確かに「着やすくする」工夫です。

しかし、「誰にどう見られるか」ではなく、「自分がどう在りたいか」を起点に発想された商品になっていたら、さらに大きな可能性が開けていたのではないか、と感じました。

 

「世代」を語る前に、私たちは何を手放してきたのか

Z世代に、α世代——若者論や世代論は、企業にとって便利な整理軸です。

けれども同時に、「最近の若者は◯◯だ」という無意識の線引きを生みやすいものでもあります。

 

本当に問うべきなのは、若者が変わったかどうかではなく、私たち大人の側が、どんな世界を魅力的に見せられているかではないでしょうか。

 

スーツを着る意味。
ネクタイを締める理由。

それらを、私たちはいつの間にか「ルール」「我慢」「仕方のないもの」としてしか語れなくなってはいないでしょうか。

 

「大人になるって、案外いいものだよ」
そう胸を張って言える姿を、どれだけ見せられているか——ここが、実は一番の分かれ目なのかもしれません。

 

ラグジュアリーブランドは「売る前に、招く」

ここで思い出したいのが、ラグジュアリーブランドの入口設計です。

エルメスやシャネルは、いきなり高額商品を勧めることはありません。
まずはコスメやフレグランスなど、世界観に触れる小さな鍵を手渡します。

 

重要なのは価格ではなく、体験です。

「あなたは、この世界に招かれている」という扱われ方。
たとえリップ一本の購入であっても、一人の大人として丁寧に向き合われる。

人は、そこで初めて「この世界に、もう少し深く関わってみたい」と思うのではないでしょうか。

 

ネクタイは、もっと自由でいいのでは

その視点で見ると、ネクタイは、実はとても優れた「入口商品」だと思います。

だからこそ、私だったら、長さも、生地も、デザインも、結び方も、「どこに、どう巻きたいか」まで含めて選べるパターンオーダーのネクタイを提案したいと思います。

 

それこそ、ベルばらのオスカル・フランソワが腰に巻いていたサッシュのようなボリュームのものを作ったっていい。

ネクタイなのか、スカーフなのか、その境界線すら、着る人に委ねてしまう
——それは奇抜さのためではありません。

自己表現とは、「選ばせてもらえること」そのものだからです。

 

人的資本という言葉の前に、問い直したいこと

人的資本経営やエンゲージメントを考えるとき、
私たちはしばしば

「どうすれば若い人に選ばれるか」
「どうすれば定着してもらえるか」

という問いを立てます。

 

けれども視点を少し変えると、問いはこう言い換えられるのかもしれません。

 

私たちは、その仕事や組織に入ることを、
どれだけ誇らしく語れているだろうか。

 

人を管理するのではなく、選択を委ねる。
型にはめるのではなく、解釈の余地を残す。

その余白こそが、
人的資本を「コスト」ではなく共に働く関係性として育てていく姿勢を映し出すのだと思います。

 

ネクタイは「現代の騎士」への招待状になれるか

かつて騎士の装いが、名誉や所属の証であったように、ネクタイもまた、「この仕事に就く」「この世界に加わる」ことの象徴だったのかもしれません。

今、私たちは、そうした記号をどのように語り、どんな未来への「招待状」として差し出せているでしょうか。

ネクタイはただの服飾小物ではありません。
それは、「自分の物語が始まる場所」として、もう一度、再定義されうるものだと思うのです。

 

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本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子

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