この記事の3つのポイント
本記事は、2025年10月27日付ブログ記事『眠る権利、つながらない勇気 ― 「休む社会」のはじまりと、「つながらないことを許す文化」を設計する重要性』の続編です。未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。
2025年10月、高市早苗首相の下で発足した新政権は、早々に労働時間規制の緩和を検討課題に掲げました。
上野賢一郎厚生労働大臣は就任会見などで、高市首相から「心身の健康維持と従業者の選択を前提に、柔軟な働き方の検討を」との指示があったと説明しています。
背景には、人手不足やイノベーション加速を求める経済界の声があります。
一方で、過労死遺族や自治体関係者からは、健康被害や長時間労働の再発を懸念する声も根強くあります。
小池百合子東京都知事が「ライフ・ワーク・バランス。ライフが先でしょ」と語ったように、慎重な議論を求める立場も少なくありません。
こうした動きは、サステナビリティに携わる私たちにとっても無関係ではありません。
むしろ今、「ワークライフバランス」をどう再定義し、どう開示していくかがあらためて問われているように思います。
これまで多くの企業では、統合報告書やサステナビリティレポートの中で、「フレックスタイム制度の導入」「テレワークの推進」「残業時間の抑制目標」など、制度面の取り組みを中心に発信してきました。
しかし、もし今後の制度見直しによって「長く働くこと」も正当な選択肢として認められる方向に進むならば、
今後は、「制度の有無」以上に、その制度がどう使われているか、実態としてどう機能しているかが重視されていくと考えられます。
働き方に対する価値観が多様化するなかで、開示の焦点も変化が求められています。
まだ正解はありませんが、たとえば次のような方向性が考えられるのではないでしょうか。
(いずれも、「制度があるか」ではなく、その制度が個人の選択を尊重できているかを問う視点です)
- 「平均残業時間」ではなく、本人の希望との乖離や主観的な満足度を追う
- 「休暇取得率」ではなく、なぜ取得できなかったのかという理由の分析
- エンゲージメント調査と健康指標を重ねて把握し、「働きすぎ層」のストレス傾向を見える化する
こうした情報開示は、単なる制度整備を超え、職場文化そのものを可視化する試みになっていくかもしれません。
「働きたい人の自由を守るべき」という主張と、「健康や命を守る規制は必要だ」という声は、一見すると対立しているようにも見えます。
けれども、実際の現場では、こうした二項対立では語れない実情も多いのではないでしょうか。
たとえば、
- 自分のペースで挑戦できる環境
- 十分な休息を取れる文化
- チームで業務負荷を調整できるマネジメント
こうした要素が揃うことで、「働きたい」も「休みたい」も、どちらも尊重される状態が実現されます。
「働かせる/休ませる」という二者択一ではなく、双方の選択が尊重される組織文化をどう育むか——。
それこそが、これからのサステナビリティ経営に求められる視点ではないでしょうか。
働くことを「権利」としてだけでなく、「選択」として捉える時代。
だからこそ、サステナビリティ開示では、「どのように休むか」も「どのように働くか」と同じくらい重要な経営情報になっていくはずです。
企業が人材に寄り添う姿勢を、数値とともに「物語」として伝える。
それが、政策や社会の変化が進む時代において、サステナビリティ担当者様の新しい使命なのかもしれません。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。