この記事の3つのポイント
本記事は、2025年9月5日付ブログ記事『睡眠障害内科の誕生が企業にもたらすものとは?――人的資本経営と健康経営をつなぐ「睡眠KPI」の可能性』の続編です。未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。
「寝る映画」や、寝ながら聴いてもOKなクラシックコンサート(CHILL CLASSIC CONCERT)をご存知でしょうか。リカバリーウェア(例:BAKUNEシリーズ)のように「眠るために着る服」や、睡眠を目的とした旅行プランも人気を集めています。
このように今、多くの人が「眠ること」や「静けさ」を、ただの休息ではなく、自分を取り戻す手段として捉え直し、多少高額なお金を払ってもその機会を積極的に追い求めようとしていること——しかもそれを、医療的なアプローチや制度的な処方ではなく、文化的な選択としていることは興味深い現象です。
これは、働き方改革や健康経営とは少し異なる文脈で、働く人々が「自分のリズム」を回復したいと願っていることを示しており、その背景には「つながりすぎた社会」によって、休むことが難しくなっている現実があるのではないでしょうか。
リモートワークが広がり、働く時間と暮らす時間の境界があいまいになりました。
スマートフォンを閉じても通知は鳴り、SNSやチャットには終わりがない——そんな日常のなかで、気づかないうちに私たちは「つながること」に疲れ始めているのかもしれません。
リコー経済社会研究所のレポートによれば、勤務時間外の連絡にストレスを感じる人は6割を超えるとのこと*1。
東京都産業労働局の調査でも、スマートフォンやSNSによる常時接続が「心の休息を奪っている」と回答した人が多数を占めました*2。
これは、職場の問題だけではなく、社会全体で「休むことが難しい時代」になっていることを示していると言えるのではないでしょうか。
令和6年版厚生労働白書では、「こころの健康」を特集しています。そこでは、メンタルヘルスの改善には「十分な睡眠と休息の確保」が不可欠であることが強調されました。そして、よく眠ることとつながらないことは、どちらも「心を取り戻す行為」として重要です。
今、企業が取り組むべきなのは、制度設計に加えて「文化設計」なのではないでしょうか。
たとえば、「夜や休日に連絡しない」というルールやガイドラインを整備しても、それが実際に機能するかどうかは、職場の空気や信頼関係に左右されることが多いように思います。
制度は「~してはいけない」と示すことはできますが、「~しなくても大丈夫」という安心感までは、なかなか担保しきれないのかもしれません。
たとえば、休暇中に連絡をしないルールがあっても、周囲が自然と対応していたり、返信することが当然と受け止められる空気があれば、結果的に「つながり続けること」が暗黙の期待になってしまうこともあるでしょう。
そう考えると、「休んでいる社員を信頼する」「つながらない時間を尊重する」といった価値観が、組織のなかで自然に共有されていくことが、制度以上に重要な意味を持つのかもしれません。「安心して離れることができる」職場の空気をどう育てていくか——この問いを、人的資本経営の視点から見つめ直してみてもよい時期なのかもしれません。
睡眠は個人の健康だけでなく、創造性や共感力を回復させる「人の再生装置」。
同じように、つながらない時間は、心を整え、次の挑戦への意欲を生む「余白」の時間です。
それは、生産性を下げるどころか、むしろ長期的な企業価値を支える基盤になるでしょう。
眠ることも、つながらないことも、どちらも「立ち止まる力」。
休むことを肯定する社会は、人の心に余裕を取り戻し、企業にも持続の力を与えます。
「働く」だけでなく、「休む」ことにも正面から向き合う——これも、人的資本経営の大事なテーマのひとつであるような気がします。
---
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 出典:リコー経済研究所『デジタル時代の「つながらない権利」 ~”電源オフ”で働き方を見直そう~』(2024年11月19日)
*2 出典:東京都産業労働局『勤務時間外の業務連絡を遮断! ~社員のストレス軽減のために「つながらない権利」について考えてみよう~』(2024年9月17日)
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。