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【ニュース走り書き】「薬価の国際連動」が招くドラッグロス ——バイオ医薬時代のアクセスをどう支えるか

ニュース

この記事の3つのポイント

  • 「米国頼み」の薬価構造が崩れ始めた今、日本にもドラッグロスのリスクが?
  • 安さを求めるあまり「薬が届かない社会」になりかねない危うさ
  • バイオ医薬の時代こそ、価格ではなく「支える覚悟」が問われる

 

本記事は、10月16日付ブログ記事トランプ薬価交渉に見る「意図せざるサステナビリティ」——誰のためのアクセス確保か」の続編です。未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。

「安くて当然」の構造は、いつまで続けられるか

薬価を抑えることは、長らく「正しい政策」とされてきました。
誰もが安価で医薬品にアクセスできることは、社会の成熟を象徴するものであり、医療費抑制の観点からも合理的とされてきました(し、現在でもそう考えられています)。

ですが、一方で、この構造はもはや持続可能ではないのかもしれないという懸念も胸をよぎります。

 

というのも…

従来は、世界の医薬供給は、日本や欧州のように薬価を抑える国が存在しても、米国という「ラストリゾート(最後の支え)」市場が高収益を支えることでバランスを保ってきました。米国での高価格販売によって研究開発費が回収され、その恩恵として他国では比較的低価格で薬が供給されていた面もなかったとは言えないでしょう。

 

しかし、トランプ政権が提案する「最恵国待遇(MFN)薬価」――すなわち、最も安い国の価格に米国が合わせるという仕組みが導入されれば、この前提は崩れてしまいます。

米国が「普通の国」になることは、「ラストリゾート」が崩れ、世界の医薬供給モデルそのものが揺らぎ始めることにつながりかねません。

 

医薬品アクセスは先進国でも起こり得る…かも

こうした変化の中で、懸念の声が上がっています。
欧州製薬団体連合会(EFPIA)は今年10月、都内での記者会見で、「米国の薬価引き下げは、日本におけるドラッグロス(薬が入ってこない現象)を悪化させる恐れがある」と警鐘を鳴らしました*1

日本には、特許が有効でも薬価が毎年引き下げられる仕組みがあります。
そこにMFN薬価が加われば、日本の薬価が国際価格を押し下げる要因になりかねません。
薬価の連鎖的な低下が起きれば、製薬企業は採算の取れない市場から撤退し、供給を絞る。
その結果、薬そのものが届かなくなるとの主張です。

価格を抑えることが目的化すれば、
「薬が届く」ことそのものが損なわれる。

安さを追い求めた先に、供給の空白が生まれる――
こうした可能性があるという今回の発言には、考えさせられるものがあります。

 

価格が「社会の意思表示」であるとするならば

EFPIAは「これは外圧ではなく、イノベーションを評価する機会とすべきだ*1」と述べています。
この発言は、単なる業界側の都合を超えて、サステナビリティの本質的な問いを私たちに投げかけているように思います。

 

(医薬品に限りませんが)価格は、ある意味「社会がどれだけイノベーションを支える意思を持つか」を表明するものとしての側面を持っています。

特にバイオ医薬や細胞治療のように、対象患者が少なく、かつ開発コストが高い薬が主流になる時代には、
「どれだけ安く提供できるか」ではなく、「それが社会にとってどれだけの価値をもたらすのか」を評価する値付けが問われます。

 

一律の薬価引き下げは次の画期的新薬の登場を阻む

バイオ医薬品の研究・製造は、従来の低分子薬に比べて桁違いに複雑で、必要とされる技術・施設も高度です。そのぶん、開発コストもリスクも跳ね上がります。

にもかかわらず、薬価が国際的に連動して下がると、企業の収益構造は細り、開発インセンティブの低下が避けられないでしょう。

特に、患者数が限られる希少疾患や小児疾患など、社会的意義は大きくても市場としては小さい分野ほど、真っ先に影響を受けることになりかねません。

結果として、「薬価を下げる」ことが「次の薬が生まれない」状況を招いてしまう——これは、バイオ医薬品時代におけるアクセスの新たなリスクと考えられます。

 

「支える覚悟」こそがサステナビリティの土台

これまでの医薬政策は、「安く届ける」ことに重きが置かれてきました。

これは、製薬会社が低分子医薬品を主流とし、いわゆる「ブロックバスター」に頼っていた時代には合理的な政策だったかもしれません。

しかし、今後は「何を支えるのか」「どこまで社会が負担を引き受けるのか」が問われるようになります。

限られた資源のなかで、どのような医療イノベーションに価値を認め、そのためにどれだけの税金や保険料を使うのか。これは、価格ではなく社会の合意の問題となってきます。

価格を下げることを最初から目的とするのではなく、価値を理解し合う——そのようなスタンスが、医薬品へのアクセスを持続可能にしていくのではないでしょうか。

 

安さではなく価値で支える時代へ

米国というラストリゾート市場が揺らぎつつある今、薬価政策はもはや、一国の問題ではありません。

国際的な価格連動が進む中で、「安く抑える」だけでは、薬そのものが届かなくなる時代が始まろうとしています。

 

製薬企業に問われるのは、いくらで売るかではなく「なぜその価値に社会は支払うべきなのか」を語る力となり、医薬品を求める私たちに必要なのは、価格を下げる政策から、価値を作る政策への転換なのかもしれません。

 

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今週もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、来週のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 出典:日経電子版「欧州製薬団体会長、「米国薬価下げでドラッグロス加速も」」(2025年10月21日)

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