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統合報告書と有価証券報告書のすみ分け再設計——情報開示の未来を支える“ツインエンジン”とは?

価値創造ストーリー / 勉強用(初学者様向け) / 有価証券報告書 / 統合報告書 / 開示媒体

2025年7月23日の日経電子版記事「人的資本の有報開示を一本化、成長戦略とセットで記載 金融庁」は、一見すると地味な変更のように思えますが、企業開示の世界においては静かに、しかし確実に大きな地殻変動が始まっています。

 

金融庁は人的資本に関する有価証券報告書の開示様式を改める。従業員数や勤続年数などを記載した項目と、サステナビリティー関連で取り上げている労働環境や人材育成の項目などを一本化する。
(中略)
例えば、人工知能(AI)活用を目指す企業はデジタル人材の確保や従業員のリスキリング計画といった具体的な方針を記載することなどが想定される。

この報道は、有価証券報告書は人的資本を含むサステナビリティ情報の公式な開示媒体として、その重要性が一段と増したことを示しています。

また、以前のブログでお伝えしたように、セーフハーバー・ルールの整備により、有報上で将来計画や目標も含めた記述が法的リスクを抑えつつ可能になります。

本日のブログでは、こうした変化が統合報告書の位置づけにどのような変化をもたらすのか、改めて整理してみましょう。

 

“補完”から“編集”へ:統合報告書の真価が問われるとき

まずひとつ、明確に言えるのは、統合報告書の役割は従来の「有報を補完するデータ集」ではなくなる、ということです。

統合報告書はこれまで、有報で十分に語れない将来ビジョンや人材戦略の詳細を補足説明する場として位置づけられてきました。そのため、実務上“データ補完”の場になっていた側面も否めません。
企業の制作ご担当者さまの中には、有報で慎重に開示した内容を再び統合報告書で詳述する「二重の負担」を感じていた方も多くおられるのではないでしょうか。

しかし、人的資本情報の一本化とセーフハーバー整備により、有報に詳細データや将来情報を載せやすくなるということは、統合報告書が、重複するデータ羅列から解放されることを意味します。

そして、有報という土台に(データなど)基礎情報が集約されるのであれば、統合報告書はそれらの数字や施策をどう結びつけて企業価値を創造していくか――ストーリーの「編集」に力を注げるようになります。
金融庁の好事例集でも「統合報告書は施策等のポイントを要約し、将来的な視点を加えて分かりやすく伝えるもの」とされており、まさに価値創造のプロセスを再編集する媒体へと役割が移っているのです。

統合報告書は自由な記載形式が許されるからこそ、有報の内容を踏まえつつも、自社なりの解釈や重点を深掘りし、企業独自の価値創造プロセスを編集・発信する場へと進化することが望まれます。
たとえば、事業戦略と人材の成長が連鎖する様子を社員の声や写真とともに物語仕立てで紹介するなど、統合報告書ならではのクリエイティブな情報発信も有効です。

数値やぶつ切りの情報を羅列した「データ集」ではなく、企業の価値創造の全貌と未来へのロードマップをストーリーテリングで描き出すこと――それこそが、これからの統合報告書の核になっていくでしょう。

ツインエンジン時代に向けた3つの設計戦略

有報と統合報告書は、いまや企業の情報発信を支える二つのエンジンと言えます。
一つは法定開示という信頼性のエンジン(有報)であり、もう一つは物語性・戦略性という共感のエンジン(統合報告書)です。

双方がそれぞれの役割を全うしながら車輪のように噛み合うことで、企業価値の真髄が内外に伝わり、持続的な成長のドライブがかかります。制度変更を単なる負担増と捉えるのではなく、この“ツインエンジン”をチューニングする好機として捉える発想が大切です。

 

制作にあたっては、たとえば下記のような設計戦略が有効でしょう。

 

クロスリファレンスで一貫性を確保:
有報と統合報告書の間で重複や齟齬が生じないよう、相互参照を積極的に活用します。有報に詳細データを載せた場合、統合報告書ではその詳細には踏み込みすぎず、「詳しくは有報〇ページ参照」といったクロスリファレンスを提示します。
逆に、有報読者が統合報告書のストーリーも追えるよう、オンライン版で相互リンクを設定する企業もあります。

クロスリファレンスの活用は情報の一貫性を保ちつつ読者の利便性を高める効果的なアプローチとされています。ただし参照の際はタイミング(たとえば有報と統合報告書の発行時期差)による情報不整合に注意し、更新の仕組みを整える必要があります。

 

ビジュアル表現で要点を明確に:
統合報告書では文章を長々と連ねるのではなく、図解やチャートを用いて直感的に伝える工夫が重要です。特に伝えたいキーメッセージはテキストよりも図表で見せた方が読者の心に残りやすくなります。

たとえば、「価値創造プロセス」や「人的資本戦略マップ」を図式化し、経営戦略と人材育成施策、KPIの連動性をひと目で理解できるようにすることが有効でしょう。

また、写真・イラスト・アイコンなどビジュアル要素を適切に配置し、読者の興味を引きながら情報を伝達するデザインも効果的です。昨今では電子版PDFにインタラクティブな機能を搭載し、必要な情報にすぐアクセスできるよう工夫する例も増えています。

 

対話志向のコンテンツでエンゲージメント向上:
統合報告書本来の強みである「対話ツール」としての性質を引き出すため、コンテンツ自体を双方向的・対話的なトーンで設計します。

たとえば、経営トップと従業員・有識者との対談記事、ステークホルダーとのQ&A、社員の声紹介といったページを設けることで、単なる報告書以上の「対話のきっかけ」を提供できます。実際、「統合報告書はステークホルダーとのコミュニケーションを活発にするツールになっている。対話が期待できる」との指摘もあります。

文章表現も、一方的な説明口調だけでなく、読者に問いかけるような語り口やストーリー仕立てにすることで、読み手が自社の課題を共に考えてくれるような没入感を生み出せます。

さらには発行後、統合報告書を使った投資家説明会や社員研修を開催し、双方向の意見交換の場を設けることも有効でしょう。こうした「対話のための開示」への姿勢が、レポート読者とのエンゲージメントを一段と深めるはずです。

統合報告書の再設計は、いま始まっている

制度を味方につけ、企業本来の強みや価値観を生き生きと伝えるチャンスが今まさに到来しています。

有報と統合報告書という二つのエンジンを巧みに使いこなし、資本市場と多様なステークホルダー双方への発信力を最大化していく準備、できていますか?お手伝いが必要な時はいつでもお知らせください。私たちはいつでも、お待ちしています。

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今週もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、来週のブログで。

執筆担当:川上 佳子

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