ニュース / 価値創造ストーリー / 有価証券報告書 / 統合報告書
本日の日経電子版に、金融庁が有価証券報告書の記載ルールを見直すとの報道がありました。「現状の法制度では虚偽記載に問われかねない誤りが見つかっても一定の条件下で許容する「セーフハーバー・ルール(安全港の規定)」を金融商品取引法に初めて明記する」(出典:日経電子版「金融庁、非財務情報開示「ミス許容」 ルール変更で積極公開促す」2025年6月24日)とのことです。
本日のブログでは、この「明記」がどのような変化をもたらすのかを考えてみたいと思います。
セーフハーバーとは、一定の条件を満たせば企業が違反や罰則を問われない“安全地帯”を指す制度です。
企業が開示するサステナビリティや経営戦略の情報には不確実な将来要素が多く含まれます。現状、日本企業は虚偽記載を恐れて将来情報の開示を躊躇し、その結果欧米企業に比べ開示内容が見劣りすると指摘されています(出典:金融庁 金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第3回) 議事録)*1。
こうした背景から、金融庁は2018年頃から将来情報のセーフハーバー導入を議論し、2023年1月に開示ガイドライン改訂で考え方を明確化しました。そして今、このセーフハーバーを法律に明記すべく動き出したのです。
セーフハーバー明記によって、まず企業の開示姿勢は変わるでしょう。将来の計画や目標、リスクシナリオといった情報をこれまでより積極的に開示しやすくなります。後で結果が外れても責任を問われないという安心感があるからです。
次に、統合報告書と有報の役割分担も見直されるかもしれません。金融審議会でも「開示媒体は有報ありきではなく、統合報告書など任意開示も活用すべき」との声が出ています(出典:金融庁 金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第3回) 議事録)*2。
これまで企業は将来情報を統合報告書で補完してきました(出典:企業情報開示のあり方に関する懇談会「企業情報開示のあり方に関する懇談会課題と今後の方向性(中間報告)」2024年6月)*3。しかし、このような複数の報告書にまたがる開示は投資家には負担で、日本企業の評価割引要因との指摘も出ています(出典:企業情報開示のあり方に関する懇談会「企業情報開示のあり方に関する懇談会課題と今後の方向性(中間報告)」2024年6月)*4。
以上を踏まえると、セーフハーバールールの明記を機に、有報で基礎データを、統合報告書で物語を――そんな情報の再分担が進む可能性があるとも考えられます。
では、今後統合報告書はどんな役割を担っていくのでしょうか。
キーワードは「情報の再分担」と「再編集」ではないかと考えます。
セーフハーバールール整備後、投資家向けの詳細データや法定開示事項は有報への集約が進んでいくでしょう。となれば、統合報告書は財務・非財務情報を横串でまとめた「企業価値創造のストーリー」を多様なステークホルダーに伝える媒体としての役割が増していくと想定されます。
統合報告書は、過去・現在・未来をつなぐビジョンや、人材・顧客・社会との関わりまで含めて描き出し、長期的な企業価値を語っていく──その意味では、投資家だけを対象とするものではなく、「マルチステークホルダー向け」のコミュニケーションツールとして進化していくのではないでしょうか。
セーフハーバールールが有報に明記されることは、統合報告書担当者にとっても重要な転換点です。これまで、非財務情報を慎重に有報で開示しつつ、統合報告書で改めて投資家向けに詳細を語る、という二重の負担を抱えてこられたご担当者さまも多いものと存じます。
この新しいルールによって、有報での開示に安心感が増すことは、「投資家向けには有報を軸に、そして統合報告書はより多様なステークホルダーに向けた価値創造ストーリーを語る場として活用する」という選択肢が現実味を帯びてきます。
統合報告書がもともと持っていたマルチステークホルダーとの対話ツールとしての可能性が再び広がるチャンスが訪れている――そのように考えることができるかもしれません。
変化する制度環境の中で、企業様に求められるのは、これまで以上に明確な役割分担と戦略的なコミュニケーション設計です。制度を味方につけ、統合報告書の持つ本来の強み――企業のありたい姿や価値観を生き生きと伝える力――を改めて見直す機会にしてみてはいかがでしょうか。
—
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
脚注
*1 具体的な言及内容はたとえば、下記などが挙げられます。(事務局資料に対する野崎企業開示課長の説明より)
「30ページ目です。現行の金商法の体系ですけれども、開示規定の実効性の確保をするため、行政処分、民事責任の追及を容易にする特則規定及び刑事責任に関する規定をまとめているところです。
次に、セーフハーバー、31ページ目を御覧いただければと思います。有価証券報告書では、記述情報の充実が図られる中で、将来情報等に係る虚偽記載等の責任について、いわゆるセーフハーバーの考え方が示された後、サステナビリティ情報の記載欄を設ける際の議論の中で、ガイドラインの改正につながったという経緯があります。
最初の2018から19年には、セーフハーバーの議論が進められて、パブコメの回答という形で金融庁の考え方を示していたところですけれども、一番下にありますように、2023年1月にガイドラインの改正というところで明確化を図っているところです。
次のページに、ガイドラインの中身を記載しているところです。
33ページ目は、こういったセーフハーバーの考え方に沿って開示をされている例を、1つ載せさせていただいております。詳しくは右下の囲みを御覧いただければと考えております。
続きまして、34ページ目です。こちらはセーフハーバー・ルールについての海外の取組というところで、米国SECについては、将来予測に関する記述についてのセーフハーバー・ルール。カリフォルニア州については、Scope3の排出量に関する開示の虚偽記載に関するセーフハーバー。英国は、よりジェネラルな形で記載されているところです。
セーフハーバーの検討につきまして、35ページ目ですけれども、サステナビリティ情報というのは、先ほど申し上げたように将来情報を含むもの、それから、バリュー・チェーンも含めた支配力の及ばない第三者のデータに一定程度依存しなければいけないという特徴があるところです。
サステナビリティ情報の開示につきましては、投資家の投資判断にとって有用な情報を提供するという観点では、虚偽記載等の責任が問われることを懸念して、企業の開示姿勢が萎縮するということは好ましくなく、上記のような特徴に応じたセーフハーバーの在り方を検討するということが重要ではないかというふうに考えております。
なお、有価証券報告書においては、記載すべき重要な情報を記載していないという場合には、不記載により虚偽記載等の責任を負う可能性もあるということにも御留意いただく必要があり、今年の有報レビューにおきましても、一番下にありますように、本来であれば有報に記載すべきと考えられる重要な戦略並びに指標及び目標の記載がなされてない可能性があるという事例も見受けられていますので、その両面でしっかりとセーフハーバーについて考えていく必要があろうかというふうに考えております。
*2 具体的な言及内容はたとえば、下記などが挙げられます。(柿原委員の発言より)
3つ目は、任意適用の促進についてでございます。サステナビリティ開示や保証は、その内容や範囲は発展途上の状況でございます。有価証券報告書で適用義務化より前に任意適用した場合、虚偽記載へのインフォースメントだけでなく、適用を義務化された時点での開示と内容が乖離するリスクがありまして、任意適用につきましては統合報告書で行うケースが多いのではと考えております。
4つ目、重要な虚偽記載等の要素となる投資家の投資判断における重要性についてです。非財務情報に関しましては、重要な虚偽記載であると判断するのは難しい面がありますが、29ページの実例のように、実態とはかけ離れた記載となっている場合などが限定的に該当するものと認識しております。
5つ目は、サステナビリティ情報に関わる重要性、虚偽記載及びセーフハーバーについてです。サステナビリティ情報は、中長期の未来情報を多く含む特性があるというのが共通認識であると承知しております。また、過去の状況を踏まえますと、日本企業は虚偽記載の指摘を恐れて記載を躊躇しがちですし、国内の利用者側も、事実や根拠を求める傾向があるというふうに考えております。その結果として、開示水準が欧米に見劣りする可能性があると考えており、本来の目的である外資の呼び込みから遠ざかってしまう懸念を持ってございます。セーフハーバー・ルールはサステナビリティ情報の不確実性等といった特性を考慮し、開示媒体として有価証券報告書ありきではなく、統合報告書での任意開示も含めて検討するなど、企業が開示に萎縮することがないような適正なルールを設定していただきたいと思っております。
*3 該当箇所の記載は下記の通り。
現在の実務において、過去情報は主に有価証券報告書に記載し、将来情報は主に統合報告書に記載するという書類の使い分けがなされていることについて、過去・現在・未来を繋ぐ価値創造ストーリーとして一つの書類で開示することが重要ではないかとの意見が示された。また、財務情報と非財務情報を関連付けた開示は、これからの有価証券報告書のあり方そのものであり、どのようにそれを実現できるかを検討していくべきとの声も聞かれた。さらに、投資家向けの情報が複数の報告書を通じて開示されるという日本の情報開示実務は諸外国のものと異なっており…
*4 該当箇所の記載は下記の通り。
このように、現状の日本企業の情報開示体系では、関連する情報や類似する情報が複数の開示媒体に分断・重複して記載されていることから、投資家等の利用者においては、複数の報告書を読む負担が増加するとともに、企業情報の体系的な理解や必要な情報の収集における難易度が高まっている。本懇談会では、こうした状況が資本市場において、諸外国と比較して、日本企業のディスカウントを招いているのではないかとの指摘もあった。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。