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「静かな退職」は組織への静かな異議申し立てか? ― “愛社精神”から“意味と納得”へ。エンゲージメントを再考する ―

人材戦略 / 人的資本開示

 

本日の日経電子版に、「『静かな退職』40〜44歳が最多5.6% 全社員の2倍に」という記事が掲載されました。職場にいるが、そこに“いない”かのような——そんな「沈黙の存在」が、静かに増えつつあるという内容です。

私は先日のブログ記事に「『愛社精神』より『成長意欲』?社員エンゲージメントを高める秘訣とは」に、エンゲージメントを“忠誠心”ではなく“成長の可能性”として捉え直すべきだと書きましたが、今回の日経電子版にあった「静かな退職」現象は、その議論の“裏側”として、とても示唆に富むものだと感じています。

「静かな退職」とは何か——見えない分岐点

“静かな退職(Quiet Quitting)”とは、「退職しないが、仕事に対する熱意を失い、与えられたこと以上はやらない」状態を指します。つまり、会社に属しながら、精神的には“退場”している状態です。アメリカで2022年頃から広まり、日本でも注目されるようになりました。

本日の日経電子版記事の元となったのは、米クアルトリクス社が実施した日本の正社員に関する調査
そこでは、「静かな退職」状態の人が全体の15%にのぼり、特に40代、50代に多いという傾向が明らかになっています。

加えて、本日報じられた国内の最新調査(働きがいのある会社研究所)によれば、40〜44歳の5.6%が静かな退職状態であり、全体平均(2.8%)の2倍の水準となっています。

このように、「静かな退職」は年齢や経験を重ねた層で特に多いという特徴があります。
それはまるで、かつては上昇気流に乗っていたものの、ある時点で風を失い、漂流を始めた飛行体のような状態と言えるかもしれません。新たな推進力を見出せないまま、「このままどこへ向かうのか?」と疑問を抱えながら、進むべき道を決めかねている——そんな精神的状況に近いのではないでしょうか。

“静かな退職”の本質は、エンゲージメントの断絶

それは単なるミドルクライシス(中年の危機)では?
どこへ向かうのかなんて誰にもわかるわけないじゃない。単なる甘えでしょ?

——そんなふうに、静かな退職を単に「怠惰な働き方」や「問題社員の増加」とみなしてしまうのは早計かもしれません。

調査結果が示しているのは、静かな退職が「やる気がない」わけではなく、「やる理由を見出せない」状態であるということ。それはまさに、エンゲージメントの不在、言い換えれば、会社と社員のあいだの“関係性の希薄化”が進んでいる証です。

そして、この現象は日本だけのものではないようです。

米国ギャラップ社「State of the Global Workplace: 2023 Report」が実施した調査『従業員の仕事や職場への関与と熱意を示す「従業員エンゲージメント」指数調査』の結果では、世界全体で見ると59%が「静かな退職」に該当している(ちなみに日本の労働者は、僅か5%と大変低い結果)*1のだとか。

静かな退職はごく一部の問題ではなく、企業社会の“体温の低下”現象と言えるのかもしれません。

 

“愛社精神”から“納得感”へ——エンゲージメントの新時代

では企業は、静かな退職を防ぐために、何をどうするべきなのでしょうか。

かつては「会社を好きになってもらう」「忠誠心を育てる」といった“愛社精神”が鍵だとされていました。
しかし、時代は明らかに変わっているようです。

静かな退職が、「やる気がない」わけではなく「やる理由を見出せない」状態なのであれば、先日の私の記事でも強調いたしましたように、「ここにいれば、自分は成長できる」という確信を持たせることが脱却のカギとなるでしょう。つまり、静かな退職を防ぐ鍵も「感情」ではなく「納得」にあるということです。

 

言い換えれば、“体温の低下”現象がみられるなかで人事戦略を機能させるためには、企業はまず、自らに次のような問いを自らに向けていくことが必要となっていくということになります。

 

  • この会社で、社員は自分の未来を描けるか?
  • 無意味なルーティンや過剰な同調圧力が、社員の成長の芽を摘んではいないか?
  • 管理職は、信頼と対話に基づくマネジメントをしているか?

 

今こそ、サステナビリティ部門が人事部門と連携するべき時…かも

「静かな退職」は、人と組織の関係性が破綻寸前の“静かな警告”です。

そしてそれは、人的資本経営にとっても、サステナビリティ経営にとっても、見過ごすことのできない兆候です。

 

人事部門の役割は今、これまでになく広がっています。なぜなら、エンゲージメントはもはや「採用」や「評価」の問題ではなく、「組織全体の持続可能性」の課題へと変化しているからです。

このような環境下、今こそサステナビリティ部門の皆さまは人事部門と(遠慮なさらず…)より積極的に関わっていくことが重要ではないでしょうか。

企業の持続可能性を考えるなら、人的資本の持続可能性を軽視することはできません。
静かな退職の問題を、単なる人事課題としてではなく、企業のサステナビリティの視点から再考することが求められている——私はそう考えております。

 

おわりに

「エンゲージメント調査」の結果が人的資本経営のKPIとされ、多くの企業がその数値向上を目指していくなか、この「静かな退職」の問題の解決は今後、その重要性を一層増していくことでしょう。

残念ながら、静かな退職は、上司の熱意や「愛社精神を培う」ことだけで解決できる問題ではありません。
働く人が「私はここで意味ある時間を過ごしている」と感じられる場を創出すること。企業が人を信頼すること——すなわち、人と組織の関係性を持続可能なものにするために、どのような選択ができるかが今、問われています。

私たちは、その問いの答えをサステナビリティ部門の皆様が(臆することなく、遠慮なさることなく)人事部門の方々と共に考えていかれることを願っております。

(お手伝いが必要な時は、いつでもお声かけくださいませ!)

 

それではまた、次回のブログで。

執筆担当:川上 佳子


*1 出典:株式会社パソナセーフティネット「近年増加する「静かな退職」という働き方と「静かな採用」」(2024年6月3日)

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