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DIC川村記念美術館の移転に投資家が納得する説明は可能か?

ナラティブ / ニュース / 価値創造ストーリー

先日のブログ記事では、DIC川村記念美術館の移転と美術品売却について、IRとサステナビリティの視点からの最適なコミュニケーション戦略を考察しました。

しかしその後、3月14日には、DIC社(以下、DIC)の筆頭株主の一つであるオアシス・マネジメントが、池田社長の再任に反対する声明を発表しました。オアシスは今回の美術品の移設について株主利益との明確な利益相反があると訴え、「1000億円以上の資産を用いるべきことではない」と批判しています*1

私の前回のブログにおいても投資家の批判をある程度想定はしていましたが…報道を見る限り、批判はかなり強いようです。そこで、このような状況下ではどのように投資家に説明するとよいのか、また、企業価値向上と社会的責任を両立させる新たな戦略の可能性はあるのかなどについて、もう少し考えを深めてみたいと思います。

 

投資家は何を懸念しているのか?

まず、オアシス・マネジメントがDICの美術品移転について反対する理由を整理すると、大きく以下の3点に集約できます。

資本の非効率的な使用
  • 1000億円以上の美術品資産を売却せずに保有し続けることは、同社の資本効率を悪化させる
  • 投資家にとっては、同社が資産を売却し、その資本を成長投資や株主還元に充てる方が合理的
創業家との関係に対する疑念
  • 美術館の移転先である国際文化会館が創業家と関係が深い組織であり、企業の資産が特定の関係者に有利に使われている可能性を指摘
長期的な収益性の不透明さ
  • 美術館運営が直接的な利益を生まないため、将来的にDICの財務にどのように貢献するのかが不明

 

このような懸念に応えるためには、資産の選別・活用戦略がいかに企業価値を向上させるかというロジックを明確にすることが必要です。

 

投資家が評価する新たな美術館戦略とは?

(ここから先はコミュニケーション戦略の範疇を超えてしまいますが…)

DICの美術館移転を、投資家にとって魅力的な戦略とするには、以下のような施策を追加することで、「株主価値の向上」と「文化貢献の持続性」の両立が可能になるのではと私は考えます。

美術品の「売却+貸与」モデルの導入

美術館の保有作品の一部を売却し、資本を効率化する一方で、長期的な価値を生む作品は貸与収益化する。

  • ロスコ作品の一部を「DICアート・ファンド」として運営し、投資家向けの資産として活用
  • 「企業×アート」のコラボレーションを推進し、パートナー企業との共同展示プログラムを収益源とする
    → 株主に対し、「美術品の活用を通じて年間○億円の収益を創出する計画」を明示することで、投資家に納得してもらう
美術館をDICの新たな事業プラットフォームとして活用

単なる文化施設ではなく、DICの本業(色彩や顔料技術)を活かした事業創出の場とする

  • ラグジュアリーブランドとのカラーデザイン事業を創設(高級時計・車・ファッション・化粧品などのブランドと連携)
  • 美術館を「BtoB向けのショーケース」と位置づけ、DICの色彩技術・顔料・塗料などのプレゼンテーション拠点に
    → IRの文脈では「新規事業の成長を支えるインフラ」として美術館の価値を説明し、単なる文化投資ではないことを強調
株主への直接的なリターンを強化

売却益を「特別配当」「自社株買い」に充当し、資産整理と株主還元を両立させる。

  • 2025年中の美術品売却益の一定割合(例:50%)を特別配当に充当する
  • 「売却益のうち○%を自社株買いに活用する」と明確に発表し、株主への利益還元を保証
    → 株主の「DICが美術館に資本を使いすぎている」という不満を解消し、投資家の理解を得る

 

サステナビリティ文脈での訴求ポイント

もしも上述のような施策を加えた場合、サステナビリティの文脈で説明すべき内容にも変更が生じます。

投資家向けの説明と矛盾しない形で、サステナビリティの観点でもこれらの施策を説明するなら、たとえばこんなふうになるのではないでしょうか。

文化財の持続可能な管理

DICは、美術品の完全な売却ではなく、一部を貸与しながら公共アクセスを維持する方針を取ることで、「文化財を未来世代に引き継ぐ」というサステナビリティの原則に則った対応をしていると説明できる。

アートと環境・社会課題の統合

美術館を「サステナブルな色彩・顔料技術の発信拠点」とすることで、アートと環境技術を結びつけた価値創造の場としてアピールできる。
(例:カーボンニュートラルな顔料技術の展示、環境に優しいインク・塗料のプレゼンテーション)

地域社会への継続的な貢献

美術館の一部を売却しても、DICは「文化支援の新たな形」として、企業が文化を支えるサステナブルなモデルを確立したと強調できる。

 

最後に

DIC川村記念美術館の移転を巡る議論は、「企業の社会的責任(サステナビリティ)」と「株主価値向上(IR)」のバランスをどう取るかを考えるのにふさわしいトピックでありましたため、何度も採り上げてお話してしまいましたが… なんらかのご参考となっていましたら幸いです。

DICさんがこれからどのような方針を打ち出すのか、引き続き注目していきたいと思います。

 

それではまた、次回のブログで。

執筆担当:川上 佳子


*1 日経電子版  2025年3月14日「オアシス、DIC池田社長の再任に反対 美術品移設を非難

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