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ブラックロックがパナマ運河の港湾利権を取得。その背景にある「水の制止力」とは?

ニュース / リスクマネジメント

1月のブログ記事では、パナマ運河をめぐる水不足や地政学リスクについてお伝えしました。あれから数ヶ月、実際にパナマ運河をめぐる大きな動きが起こっています。それが「米ブラックロックによるパナマ運河港湾利権の取得」です。

大西洋と太平洋を結ぶ物流の要衝、パナマ運河

「世界最大級の資産運用会社ブラックロックが、なぜパナマ運河の港を?」と思ったかたもおられるのではないでしょうか。

ですが、パナマ運河の戦略的価値の高さを考えれば、理解できなくはありません。

パナマ運河は大西洋と太平洋を結ぶ物流の要衝です。もしパナマ運河が使えなくなれば、南米大陸を迂回する長大な航路を余儀なくされ、時間・コスト両面で莫大な影響が出るのは容易に想像できます。

今回、ブラックロック率いるコンソーシアムは、香港の複合企業CKハチソン(長江実業)からパナマ運河両岸の港湾管理権を取得することで合意したと報じられています。具体的には、太平洋側のバルボア港と大西洋側のクリストバル港というパナマ運河の出入口に当たる2大港湾の株式90%を手に入れる内容で、取引額は約3.3兆円(!)にものぼるのだとか。いかにこの港湾利権に価値があるかが分かります。

パナマ運河の港湾、なぜブラックロックが?

さて今回、このブラックロックの動きがこれほど大きなニュースになった理由は、この取引の背景に米国政界の思惑もあったと考えられているためです。

トランプ大統領は就任前の昨年(2024年)末段階から「パナマ運河における中国の影響力排除」を強く主張していました。そして今回の香港企業から米国企業への港湾売却は、その主張に沿う動きでもあるからです。

興味深いのは、ブラックロック自身が近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)重視の投資姿勢に対する政治的逆風にさらされていた点です。今回の取引はブラックロック史上最大のインフラ投資と伝えられており、結果的に米政府(トランプ政権)の意向に沿う形となったため、同社やCEOラリー・フィンク氏に対する共和党からの批判(「ESG偏重」への攻撃)緩和にも繋がり得ると指摘されています。つまり本件は、サステナビリティ重視の投資と地政学的思惑の交錯を象徴する事例とも言えそうです。

「水の制止力」――水域がもたらす地政学的な壁

ここでキーワードとなるのが「水の制止力(Stopping Power of Water)」という概念です。あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、地政学の世界では重要な考え方です。簡単に言えば、「大洋や海といった広大な水域は、国家の軍事力や影響力の及ぶ範囲を自然に制限する障壁になる」という意味です。実際、海洋は巨大な防壁として機能し、大陸や地域同士を隔てています​。そのため、陸続きでない遠方の国に直接支配力を及ぼすことは簡単ではなく、歴史的にも海を隔てた勢力圏ごとに覇権が形成されてきました。

(すみません、私、世界史が大好きなのでこういう話はつい熱が入ってしまいます…)

 

この「水の制止力」の視点で考えると、パナマ運河の持つ戦略的意味合いが見えてきます。

通常、太平洋と大西洋という二つの大洋がアメリカ大陸によって分断されているため、例えばアジアと欧米間で軍事・経済的な影響力を直接及ぼすことは難しい状態です。しかし運河という人工的な水路は、この大洋間の“壁”に穴を開ける存在です。パナマ運河を使えば、本来なら迂回を強いられる海路を一気に短縮できるだけでなく、軍艦の展開や物資輸送のルートを劇的に拡張できます。つまり、パナマ運河は「水の制止力」という地理的ハンデを乗り越えるための要衝であり、ここを押さえることは国家戦略上きわめて重要です。

実際、中国は近年「一帯一路」構想の一環として世界各地の港湾に投資し、海上交通の影響力を強めようとしてきました。パナマでも以前は香港系企業が港湾を管理していたのはその一例です。米国としては、自国の裏庭とも言える中南米の要衝に他国(中国)の影響力が及ぶことは座視できないとの思惑があったのでしょう。ブラックロックによる港湾利権取得の背景には、こうした米中間の覇権争いと「水の制止力」をめぐる攻防が見て取れます。(つまり、トランプ大統領の主張も完全に見当はずれというわけではない、ということでもあります…言い方には大いに問題があるようには感じますが…)

グローバルリスクにアンテナを張る

パナマ運河の港湾利権をめぐる今回の動きは、一見日本企業とは距離がある出来事に思えるかもしれません。しかし、グローバル経済は海でつながっています。遠い水路で起きた変化も、巡り巡って私たちのビジネスや生活に影響を及ぼします。企業においても地政学リスクとサプライチェーンの動向に注目する必要性はますます高まっていると言えるでしょう。

幸い、今回のケースでは中国資本から米国資本への交代という“平和的”な形でリスク低減が図られました。しかし、今後も同様にうまくいく保証はありません。「水の制止力」を理解し、チョークポイントを起点としたシナリオを想定しておくことが、実務におけるリスクマネジメントの視点として重要になってきます。

今回のニュースを、自社ではこうしたグローバル物流網のリスクを織り込んだサステナビリティ戦略を検討できているのか、サプライチェーン戦略を振り返るきっかけとされるのも良いかもしれません。

それでは、また次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子

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