インフルエンザが大流行しているようです。
先月29日までに全国の医療機関から報告されたインフルエンザの患者数は1医療機関あたり64.39人で、現在の方法で統計を取り始めた1999年以降、最も多くなっています。43の都道府県で「警報レベル」の30人を超え、すべての都道府県で前の週より増加しています。
出典:NHK「インフルエンザ患者数 現行の統計開始以降で最多に」(2025年1月9日 19時28分)
気がかりなのは、抗インフルエンザ薬が品薄になることを思わせる報道も同時に出ていることです。
上記のNHKニュースでは、ジェネリック医薬品大手である沢井製薬が「オセルタミビル」(タミフルのジェネリック)カプセルとシロップの供給が一時停止となり、8日から医療機関などへ供給できない状態になっていると伝えていました。
供給停止になった「オセルタミビル」はなんと、昨年11月時点の統計によれば「抗インフルエンザウイルス薬の供給量全体の25%余り(!)を占めていたとのことで、影響は大きそうです。
ジェネリックがないなら先発医薬品を使えばいいじゃないの――というわけにもいかないようです。
こんなニュースもほぼ同時期に出ていました。
中外製薬が9日、インフルエンザ治療薬「タミフル」の供給調整を始めたことがわかった。医療関係者や卸売業者に周知した。2024年12月中旬以降の流行拡大に加えて、後発薬の供給停止を受けて、すべての受注に応えられず、出荷量を限定している。
カプセル型の製品と、水に混ぜて飲むドライシロップの出荷を調整する。今シーズンの流行が収まるまで対応を継続する見込みだ。増産の手配をしているものの、原料の入手や増産体制の整備が追いつかず、流行期間中に間に合うかは不透明としている。
イナビル*1やリレンザ、ゾフルーザに関してはこういった報道はまだ出ていませんので、現時点では大きな問題はないのかもしれませんが…
このあと、3連休を経て(あるいは3連休の間に)さらに患者数が増加した時にはどうなるか、色々と心配ではあります。皆さま、くれぐれもお大切にお過ごしください。
さて。
タミフルと聞くと私が思い出すのは、その原料のひとつである「トウシキミ」の話です。
タミフル(一般名:オセルタミビル)は、トウシキミの果実(中華料理に使われる「八角」のことです)から抽出したシキミ酸を出発原料*2として作られます。
このため、2005年の鳥インフルエンザ流行時には、トウシキミの果実のほとんどがタミフル製造のために消費されたのだとか。
その後、(タミフルの製造特許を持つ)ロシュ社は、タミフルを安定供給するためにトウシキミ果実を使わずにシキミ酸を得る方法を開発しましたが、ジェネリック薬まで広げてみれば、現在でもトウシキミ果実は原料のひとつとして使われているようです。
トウシキミの最大産地は中国(特に広西チワン族自治区)であり、これに次ぐのがベトナムです*3が、これ加えて近年、ミャンマー山間部でのトウシキミ生産の試みが行われているそうです。
ミャンマー山間部は少数民族が焼畑農業で生計を維持している地域であり、次のような社会課題があります。
【課題】
1.紛争・貧困による森林破壊が進んでいる
国内での政情不安、国境地域の少数民族が独立を目指す等政府と対立し武装蜂起 、貧しい住民による生計を立てるための不法伐採、焼き畑などにより、森林が荒廃した地域が点在するミャンマー。森林が不足し保水力を失った丘陵地は、雨季の土砂災害で孤立し、一層の貧困を生んでいます。
2.国内外の避難民の雇用がない
紛争により多くの人々がミャンマー・タイ国境地域に逃れ、難民・国内避難民となりました。 2008年の事実上の民主化の後は、各武装組織との停戦合意が進んでいるものの、彼らの生活環境、社会環境は全く整っていません。ミャンマー国内の平和維持のためにも、また彼らの基本的生活を育む為にも、現地での雇用創出は大きな課題となっています。
3.インフルエンザ 対策が不足している
遺伝子変異により新しい種類のウイルスを生じさせ、依然として脅威であるインフルエンザ。その対策として「タミフル」の備蓄は世界的な常識となっていますが、多くの国では必要量を備蓄できていません。ミャンマーをはじめとする経済力の弱い国々はこれを備蓄することができないのが現状なのです。
(出典:八角平和計画ホームページ)
こうした課題を解決するため、日本人医師・林 健太郎さんを代表とする「八角平和計画」では、ミャンマーで八角の木を育て、雇用を作り、平和を築くプロジェクトを実施されています。
【目標】
1.八角のなる木の植樹による森林環境の回復
八角の実をつける「トウシキミ」は比較的、どのような環境でも育てやすい木です。この木をミャンマー国内で苗から生育し、植樹を進めることで、ミャンマー山間部の本来の豊かな自然環境を取り戻します。
2.八角の栽培と製薬産業化による雇用創出
これまで政情不安であったミャンマーのタイ国境地域の産業として、八角の栽培と、八角の成分「シキミ酸」を使ったジェネリック版タミフルの製薬産業を起こすことで、帰還難民・国内避難民に住む人々の新たな雇用を生み、ミャンマー国内の平和構築に寄与します。
3.ジェネリック版タミフルの製造
安価なタミフルを製造することで、経済力の弱い国々の備蓄とすることにより、人間の脅威である致死性・難治性のインフルエンザのパンデミック対策の一助となります。
(出典:八角平和計画ホームページ)
このプロジェクトは2023年3月に発表された「SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞」の【環境の部】を受賞しておられますので、ご興味あるかたは下記ページもご参照ください。
森林破壊問題の解決において難しいのは、「そうせざるを得ない」現地の人々の暮らしがそこにあるということにどう寄り添い、課題解決をしていく覚悟と取り組みがなければならないことだと思います。
このプロジェクトは、早期にその重要性に気づき、複数の社会課題を同時に解決する取り組みとして長年実施し続けておられるところが素晴らしいと思いました。
森林破壊防止についてはまた別の記事でも引き続きお伝えしてまいりますね。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 第一三共さんはイナビルについて「通常通り出荷できている。供給不足の兆候は現状はない」と語っておられるそうです。(出典:日経電子版、2025年1月9日 17:54「中外製薬、タミフルを供給調整 インフル流行拡大で」)
*2 合成法については下記ページで説明されています(発表時期が2005年なので古いかもしれませんが…)。ともあれ、八角を食べれば抗インフルエンザの効果があるということではないので、その点にはご留意ください。
https://www.chem-station.com/blog/2005/04/tamiflu.html
*3 出典:途上国森林ビジネスデータベース「トウシキミ由来のシキミ酸」
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。