さまざまあるサステナビリティ課題の中の中でも、多くの企業さまにおいて、群を抜いて明確な優先課題とされているのは「排出削減」です。排出削減に関しては様々な規制や業界団体による目標設定等があることもこれを後押ししています。
しかし、一見シンプルに見える規制への対応が思わぬ副作用を引き起こすことがある…というのが本日のお話です。
船舶業界の排ガス規制と温暖化の関係を採りあげて、お話します。
国際海事機関(IMO)は2020年、船舶燃料の硫黄含有量を大幅に削減する規制を導入しました*1。
なぜなら、標準的な燃料油(重油またはHFO)の燃焼は、世界全体で硫黄酸化物(SOx)排出量のほぼ90%を占めており、最大15隻の船舶が排出する硫黄の量は、世界中の自動車が排出する硫黄の総量よりも多いからです*2。
この規制は効果を上げ、二酸化硫黄(SO2)の排出量は80%減少した、メリーランド大学の研究者は報告しています*3。
しかしSO2は、大気汚染物質であると同時に、温暖化を防止する役割も持っていたのです。
SO2は、大気中でエアロゾルを形成することで、雲を厚く・明るく形成し、太陽の光を宇宙へと反射することで、地球温暖化を防ぐという、いわば「冷却効果」を持っています。
このSO2の排出が減少したことで「冷却効果」が弱まり、結果的に地球全体の温暖化を加速させてしまう可能性が最近、指摘されるようになりました。特に主要な航路では、船舶がもたらす「航跡雲」が減少し、局地的な温暖化が観測されているのだそうです。
雲が減っているのは、海の上だけではありません。
NASAの観測データを活用した日本経済新聞社の調査によれば、「地球全体のうち雲が覆う面積の割合を調べた。各年の平均値は長期的にみると低下しており、23年が比較可能な01年以降で最も低かった。日本の上空も同様の傾向だった*4」とのこと。
雲が減った理由を断言することはできませんが、日経の同調査では「各国で車や工場などの排ガス規制が進み、1980年代以降にエアロゾルの量は大きく減少した。これが雲を減らす方向に作用したとみる研究もある*4」と述べるとともに、「雲が少なくなれば日射は増える。気象庁の観測によると、2023年の東京の日射量は平年(1991〜2020年の平均)より1割以上多く、過去最大を更新した*4」ことを、グラフとともに紹介しています。
排ガス規制は、今後も進展します。
海運業界では、今年(2024年)10月7日に「第82回海洋環境保護委員会(MEPC 82)」が開催されました。ここではGHG削減のほかに、NOxやSOxといった大気汚染物質の排出規制海域に、カナダの北極海域やノルウェー海域を新たに追加することも話し合われました。この改正案は2026年3月1日に発効予定とのことで*5、今後も大気中のエアロゾルは減少することになるでしょう。
こうした中、サステナビリティ開示をお手伝いする立場にある私たちにとって、このテーマから得られる学びはなんでしょうか。
私自身は、「環境規制の遵守にとどまらず、企業様自らがその影響を包括的に捉え、説明責任を果たしていく」開示に転換していくことの必要性を感じました。
たとえば:
規制遵守による成果だけでなく、その影響が環境全体に与える正負両面を明確に開示することが求められていく可能性があります。
船舶業界における排ガス削減と温暖化の関係のような複雑な課題を、科学的なエビデンスに基づいて説明することはステークホルダーの信頼を高めることになるでしょう。
短期的な規制対応だけでなく、持続可能な社会実現に向けた長期的なビジョンを開示することで、企業の本気度を示すことができます。たとえば、代替燃料の開発やゼロエミッション船舶への転換計画などを示し、その中に排出削減も位置付けるなどは一例でしょう。
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クライアント企業様により適切な提言ができるよう、私たちも勉強していかなくてはならないと感じております。引き続き頑張ります。
本日もお読みいただきありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 参考:国土交通省報道発表資料(平成28年10月31日)「国際海事機関、世界の全海域での船舶燃料油の硫黄分規制を2020年から強化 ~ 国際海事機関第70回海洋環境保護委員会の審議結果について ~」
*2 出典:IMO 2020: Caps, SOx and Scrubbers
*3 出典:Reuters「Cleaner shipping fuel is contributing to ocean warming, scientists say」(June 1, 2024)
*4 出典:日経電子版「世界で雲が減少、20年間で最少に 猛暑に関連の見方」(2024年12月16日)
*5 出典:国土交通省報道発表資料(平成28年10月31日)「国際海運からのGHG削減のための新たなルールの合意に向けた交渉が継続~国際海事機関 第82回海洋環境保護委員会(9/30~10/4)の開催結果~」
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。