本日・11月5日は米国大統領選の投開票日とあって、ニュースはこの話題で持ち切りですね。
ということで(?)本日のブログは、日経電子版の記事「NY市で「信号無視」合法に 違反切符の人種差別に配慮」について、少し解説記事を書いてみようと思います。
ニューヨーク市で2024年10月、ジェイウォーキング(信号無視や横断歩道外での道路横断)が合法化されました。この法改正により、歩行者は信号に従わずに任意の場所で道路を横断することが可能となりました*1。
こう聞くと、「え?信号に従うのは当たり前でしょ?なぜ信号無視を合法化したの?」と思われるかたがいらっしゃると思います。
もちろん、それはもっともなことなのですし、私も最初はそう思ったのですが… 実は、ニューヨークでは、ジェイウォーキングが頻繁に取り締まられ、違反切符が発行されているという事情がありました(罰金も発生し、場合によっては30ドルから250ドル以上に及びます)。
より大きな問題は、こうしたジェイウォーキングの取り締まりの対象となるのが、有色人種に集中していたという事実でした。ジェイウォーキングの違反切符の90%以上が黒人やラテン系の人々に対して発行されていたという2023年のデータもあります*2。
ジェイウォーキングは、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動とも深い関連があります。
2020年9月23日、カリフォルニア州オレンジ郡サン・クレメンテで、ホームレスの黒人男性カート・アンドレ・ラインホルド氏が、ジェイウォーキングの疑いで警察官に止められ、その後のもみ合いの中で射殺される事件が発生しました。しかし、検察は結局、ラインホルド氏を射殺した警察官を起訴できませんでした。
この事件は、2020年夏から始まったブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動と時期を同じくしていたこともあり、警察による過剰な取り締まりと人種的偏見が問題視されることとなり、広範な抗議活動を引き起こしました。その中で、ジェイウォーキングの取り締まりが黒人や低所得者層に不当に集中しているとの指摘があり、ラインホルド氏の事件はその象徴的な事例とされたのです。
このような背景から、カリフォルニア州では2022年9月30日に「歩行の自由法(Freedom to Walk Act)」が成立し、2023年1月1日から施行されました。
この法律により、歩行者が交差点以外の場所で道路を横断する際、差し迫った衝突の危険がない限り、違反切符を切られることがなくなりました。法案を起草したフィル・ティン州議会議員は、ジェイウォーキングの取り締まりが黒人や低所得者層に不当に集中していると指摘し、法改正の必要性を訴えました。
その後、デンバー市やニューヨーク市でも、ジェイウォーキングの取り締まりが特定の人種やコミュニティに偏っているとの批判があり、取り締まりの緩和や合法化の動きが進みました。
これらの動きは、ラインホルド氏の事件を含む一連の事例が引き金となり、警察の取り締まり方法や人種的不平等に対する再評価を促した結果と考えられます。
「信号無視や横断歩道外での道路横断」をわざわざ合法化するというのは、一見するとおかしなことであるように思われます。実際、私もこのニュースを最初に聞いたときはそう思いました。
ですが、この件について背景を調べ、学ぶ中で、そんな法制化をしなければならないほどに「正しさ」の名を借りた差別や不公正がまかりとおっていたのだと知ったことで、改めて、自分の認識の甘さを思い知らされました。
立命館大学の坂下史子教授は、「BLM運動が着目するのは、偏見やヘイトスピーチ、暴力などのあからさまな差別ではなく、見えにくい人種の格差や不公正の問題」と述べておられます。
BLM運動とは、黒人をはじめとする周縁化された人々の命や暮らしが軽視されてきた歴史を問い直し、複合的な抑圧構造に対して声を上げる新しい闘争のかたちである。運動を牽引する人々は、黒人への警察暴力が制度的人種主義の歴史に起因することを鋭く指摘し、その撤廃を訴えるために具体的な方策を提言してきた。それは、コミュニティが直面する問題を監視や取締りによって解決しようとする為政者側の発想とは全く異なり、福祉・医療・教育の充実により解決を図る、新しい社会のあり方を模索する動きである。
2020年のBLMデモが広く長期間にわたって続けられたのは、さまざまな団体がBLMという言葉の誕生する何年も前から各々のアジェンダに基づいて組織化を行い、活動を成熟させてきたことが大きい。BLM運動は、目に見える形の抗議活動だけではなく、地道な草の根の運動でもあった。路上での抗議デモが姿を消した後も、BLM諸団体は11月の大統領選挙に向けて有権者登録運動を続け、たとえば黒人に対する組織的な投票妨害が指摘されていた南部ジョージア州に、民主党候補の勝利という予想外の成果をもたらした。接戦の大統領選挙をバイデン候補が制したのは、こうした地道な活動のおかげでもあった。
2020年のBLM運動では、多数の名だたる大企業が寄付などで運動を支持する動きも目立った。ESGや責任投資といった潮流の一環とも言えるこうした動きは喜ばしいことではあるが、「差別をしない」「多様性を尊重する」といった賛同は、実はBLMの哲学とは異なったものである。求められているのは、既存の構造を改善し撤廃するための具体的行動なのである。
(出典:「坂下 史子:ブラック・ ライヴズ・ マターとは 何(だったの)か ~現在進行形の運動を理解するために~」 東京人権啓発企業連絡会のホームページ「クローズアップ」より) なお、太字は筆者によるもの。
「ビジネスと人権」について、あるいは「人材」の文脈で多様性について、サステナビリティレポート等での開示をサポートする立場にある私ですが、こうしたニュースに触れるたびに、人権問題に対する認識はまだまだ不十分であると自覚させられます。
こうした海外のニュースも積極的に読み、日々、人権感覚を研ぎ澄ませていかなくてはならないと思った出来事でした。
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お読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 ただし、車両が優先権を持つ場合、歩行者はそれに従う必要があります。
*2 出典「Crossing against the light? You won’t get ticketed now that jaywalking is legal in NYC」(AP News)
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。