2026年8月14日、米国のパズダー駐EU大使はXで「Now it’s time for the EU to deliver(今度はEUが果たす番だ)」と投稿し、EUの企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)に関する米国政府の意見書を公開しました。
同日は、欧州委員会が実施していたCSDDDの実施ガイドラインに関する公開協議の締切日でした。意見書はCSDDDだけでなく、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)にも言及しています。
今回注目したいのは、米国政府がガイドラインの内容について意見を述べるだけでなく、CSDDDの法文そのものの変更を必要とする要求まで示していることです。
米国政府は、CSDDDとCSRDには報告などの面で重複する部分があるとして、両制度を一体的に取り上げています。CSDDDに関する主な要求を4点に整理すると、次のようになります。
第一は、適用範囲の限定です。
米国政府は、EU域内に拠点や従業員、資産を持たない米国企業や、EU市場向けに商品を供給していない企業までCSDDDの影響を受ける可能性を問題視しています。
そのうえで、第三国企業への適用を定める第2条2項(a)~(c)を削除し、デューデリジェンス義務もEU市場に関連する活動や製品に限定するよう求めました。
さらに、米国のように企業統治やサプライチェーン管理に関する規制が整備されている国については、「presumed compliance(推定適合)」の仕組みを導入し、一定の条件のもとでCSDDDへの適合を推定することも提案しています。
第二は、制裁金です。
米国政府は、第27条4項が制裁金の算定で「worldwide turnover(全世界売上高)」を参照していることを問題視し、EU域外の活動から得た収入を制裁金算定の基礎に含めないよう求めています。
第三は、民事訴訟です。
米国政府は第29条について、企業に対する民事請求を認める場合には、まず監督当局がCSDDD違反を認定することを前提とする「regulator-led approach(規制当局主導のアプローチ)」を導入するよう求めました。
第四は、気候移行計画です。
2026年のOmnibus I改正では、気候変動への対応を定めていた旧第22条が削除されました。米国政府は、今後策定されるガイドラインや加盟国での国内法化を通じて、義務的なネットゼロ移行計画を実質的に復活させないよう求めています。
このほか、第三者検証機関について、独立性、認定、専門性を確保するための監督制度を設けることや、ステークホルダーへの関与、監査や現地訪問などをリスクに応じて実施することも提案しています。
CSDDDは、2026年のOmnibus Iによって大幅に見直されました。
EU企業については、原則として従業員5,000人超かつ全世界での純売上高15億ユーロ超が対象となります。一方、非EU企業については、EU域内での純売上高15億ユーロ超が主な基準です。したがって、日本企業を含む第三国企業について、単純に「従業員5,000人」が適用判断の基準になるわけではありません。
Omnibus I改正は2026年2月24日にEU理事会で最終承認され、3月に発効しました。加盟国による国内法化は2028年7月、CSDDDの適用は原則として2029年7月から予定されています。
今後は欧州委員会によるガイドラインの策定も進みます。
ただし、今回の米国政府の要求をすべてガイドラインで処理できるわけではありません。
例えば、リスクベースでどのようにサプライチェーンを評価するのか、第三者検証機関にどのような要件を求めるのかといった点は、ガイドラインによって具体化される部分です。
一方、米国政府が求めている第2条2項(a)~(c)の削除は、ガイドラインではできません。実現するには、CSDDDそのものを再び改正する必要があります。
つまり今回の意見書には、今後の運用方法に関する要求と、法文そのものの変更を求める要求が含まれています。
2026年のOmnibus Iで制度の縮小が決まったことで、CSDDDをめぐる議論が終わったわけではないことがわかります。
日本企業にとっても、今後確認しておきたいのは、自社がCSDDDの直接の適用対象になるかどうかだけではありません。
CSDDDの対象企業は、自社だけでデューデリジェンスを完結できません。必要に応じて、取引先から情報を取得し、リスクを確認し、対応を求めることになります。
Omnibus Iでは、こうした要求が取引先に過度に波及しないよう、情報要求などの負担を抑えるための見直しも行われました。
それでも米国政府は今回、EU市場に直接関係しない上流の生産者やサプライヤーまで監査や情報提供の対象にすべきではないと主張しています。
ここは日本企業にも関係する論点です。
EU企業と取引している日本企業では、CSDDDの直接対象でなくても、取引先から人権・環境に関する情報提供、契約上の対応、場合によっては監査などを求められる可能性があります。
その範囲をどこまでとするのかは、今後のガイドラインで具体化されるリスクベースの考え方にも左右されます。
また、米国政府が提案した「高品質な規制法域」に対する推定適合の考え方が、今後EUで採用されるかどうかも注目点です。
ただし、現時点で日本について同様の扱いが検討されているわけではありません。まずは米国政府からの提案であり、EUが受け入れるかどうかも決まっていません。
今回の意見書の背景には、2025年8月21日に公表された米EU共同声明があります。
共同声明では、EUがCSDDDとCSRDについて、大西洋間の貿易に過度な制約を及ぼさないよう取り組むことや、一定水準の規制を持つ第三国企業へのCSDDD適用について米国側の懸念に対応することが示されていました。
米国政府は、2025年末に合意されたOmnibusによる制度縮小を一定の前進と評価する一方、「米国の懸念を完全には解消していない」としています。
今回の意見書でも、解決が得られなければ、米国商業への不合理な負担に対処するため「必要なあらゆる措置」を取るとしています。
一方、欧州委員会側は、米国との協議を続ける一方で、EUの規制上の自律性は交渉対象ではないとの立場を示しています。
今後確認すべきなのは、米国政府の要求がそのまま受け入れられるかどうかではありません。
企業実務にとって重要なのは、CSDDDの対象企業がどの範囲までサプライチェーンを確認し、取引先にどこまで情報提供や対応を求めることになるのかです。
2026年の法改正で対象企業は大幅に絞られました。しかし、対象企業から取引先への要求がどの範囲まで及ぶのかについては、まだ確認すべき点が残っています。
日本企業にとっても、今後公表されるガイドラインは、自社が直接の適用対象かどうかとは別に確認しておく必要がありそうです。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。