「従業員エンゲージメントを高める」。人的資本経営では、すっかり定番になった言葉です。
では、エンゲージメントスコアは、高ければ高いほど良いのでしょうか。
問いの形をとりましたが、実際には「高ければ高いほうが良い」と思っておられる方は企業内にも多いように思います。実務でも、「数字が悪いから」「前年比で下がったから」と、開示を躊躇される場面があります。
ただ、2026年3月に改訂された「人的資本可視化指針」を読むと、そう単純ではないように思えるのです。
改訂版では、「従業員数」「人件費」「離職率」と並んで「従業員エンゲージメントスコア」が、幅広い企業に開示が期待される指標として挙げられています。また、関連指標を時系列で示し、将来の目標値も開示することは、人材戦略の有効性をモニタリングするうえで有用とされています。
ただし、今回の改訂が何より強調しているのは「経営戦略と人材戦略の連動」です。
経営戦略を実現するには、どのような人材が必要なのか。その人材を確保し、能力を発揮してもらうために、どのような採用、育成、配置、報酬、職場環境が必要なのか。そこから人材戦略を組み立て、その有効性を指標で確認する。
エンゲージメントは、そのための指標の一つです。スコアを上げること自体が経営目的なのではありません。
ここからは指針に明記された話ではなく、私なりの読みです。
経営戦略の実行という観点からエンゲージメントを測るなら、いつでも右肩上がりになるとは限らないのではないでしょうか。
事業ポートフォリオを変える。求めるスキルを変える。役割を明確にする。成果への要求を高める。リスキリングを求める。経営戦略が変われば、従業員に求められることも変わります。変革の途中では、従業員に新しい役割や挑戦を求める以上、常に居心地のよい状態だけが続くとは限りません。
もちろん、スコアが低ければよいという意味ではありません。
重要なのは、何を尋ねているスコアなのかです。実際、指針も、設問や算定方法が企業ごとに異なれば単純な企業間比較はできず、時系列の変化やその背景を見ることが有用だとしています。
「職場が快適か」を測るのか。「経営戦略を理解し、自分の役割が分かり、必要な挑戦ができているか」を測るのか。それだけでも数字の意味は変わります。
だから、スコアが下がったときに、すぐ「福利厚生を充実させよう」と考えるのは順序が逆であるように思います。
福利厚生が人材の確保や能力発揮を妨げる問題を解決するなら、有効な人材戦略です。
ですが、原因が評価制度、マネジメント、役割、配置、あるいは経営戦略そのものとの不整合にあるなら、福利厚生では解決できません。
人的資本開示で重視されているのが「経営戦略と人材戦略の連動」だとすれば、この文脈におけるエンゲージメントスコアは、社員の「幸福度」を競うための温かい数字ではありません。経営戦略を実行する人的資本が、きちんと機能できる状態にあるかを見る、冷徹な経営指標でもあります。
だとすれば、問うべきは「どうすればスコアを上げられるか」ではなく、「この数字は、経営戦略の実行について何を知らせているのか」ではないでしょうか。
そしてこれこそが、エンゲージメントスコアの開示に「説明」が必要な理由だと私は考えます。
数字から企業が何を読み取り、何を課題と認識し、次につなげようとしているのかを説明しなければ、数字だけを示しても意味は限られます。
そして、スコアがあまり高くなかったとしても、その数字だけを見て「悪い状態」と結論づけることはできません。大切なのは、スコアの高低そのものではなく、その数字が経営戦略の実行について何を示しているのかを、読者に伝えることです。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。