さまざまな企業様の企業理念やパーパスを読んでいると、時々「これ、社名を入れ替えても成立するのでは」と思うことがあります。
たとえば、
人と社会の豊かな未来をつくる。
よりよい世界に貢献する。
新しい価値を生み出す。
こうした抽象度の高いメッセージは、どうしても(表現として)似通ってくるため、私はそういった感想を持ってしまうのでしょう。
では、企業理念はもっと具体的に書いたほうがよいのでしょうか。
この点について、私は長らく答えを持っていませんでした。ところが最近、宗教美術について調べているうちに、少し見方が変わりました。
***
初期のインド仏教美術には、仏陀を人の姿として前面に出さず、法輪や菩提樹、仏足跡、空の玉座などを中心に構成した作品があります。これらに対し、かつては「仏陀を像にしてはいけなかったから」と説明されることもあったようですが、現在では、そこまで単純ではないことが分かっています。
空の玉座が何を意味していたのかについても、研究者の間で議論があるのだそうです。
いずれにしても、「具体的に描かないことにも役割がある」という点は、企業理念を考えるうえで、私にとっては大いに参考になりました。
組織論には「strategic ambiguity(戦略的曖昧性)」という考え方があります。
組織の中にいる全員が、一つの言葉を完全に同じ意味で理解している必要はない。ある程度の幅があるからこそ、異なる事業、職種、立場の人が、その言葉を自分の仕事に引きつけながら同じ方向を向けることがある、という考え方です。
そう考えると、企業理念が抽象的であること自体は、必ずしも欠点ではありません。むしろ、その「幅」が役に立つ場合もあるのでしょう。
だとすれば問題は、企業理念がどの会社にも通用しそうな抽象的な言葉であることではなく、その下まで同じ調子で続いてしまうことにありそうです。
たとえば、
理念は「社会に価値を提供する」。
長期ビジョンは「持続的な成長を実現する」。
戦略は「成長領域への積極投資」。施策は「取り組みを推進する」
(ここまで来ると、結局どこにお金を使うのか、何をやめるのか、何を優先するのかが分かりません)
***
2026年7月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードには、この問題を考えるうえで興味深い言葉が入りました。
改訂された原則4-1は、取締役会に対して「会社の目指すところ(経営理念等)」に向けた成長の道筋を構築することを求めています。さらに、経営戦略や経営計画の策定・公表にあたって、成長投資や事業ポートフォリオの見直しなど、経営資源の配分について具体的に何を実行するのかを説明すべきだとしています。
私は、この「成長の道筋」という言葉がかなり重要だと思っています。
企業理念やパーパスには、ある程度の幅を残しておく。
その代わり、そこから現在の経営課題をどう選び、どんな戦略を採り、どこに人や資本を振り向け、その結果を何で確かめるのかは明確に示す。ここから先は、統合報告書の仕事です。
そのように考えてくると、日経統合報告書アウォードの審査基準の項目「2」は、よく練られていることに改めて気づきます。
企業価値創造を実現するための企業理念
(パーパス・ミッション・カルチャー・バリュー・ビジョン)の記述❶ 自社のパーパス・ミッション・カルチャーは明確で従業員に理解・浸透が図られているか
❷ 自社の事業が果たすべきミッションは明確であり、それについての具体的な行動が書かれているか
❸ 自社の事業が生み出すバリューを明確に説明しているか、その実績は示されているか
❹ 自社の将来に向けたビジョンは、実現可能で具体性があるか
❺ 上記❶~❹までに描かれた企業理念に合致したビジネスモデルが建立されているか
理念が今年の経営判断にどうつながったのかを書く。統合報告書の企画・制作に携わる方々にとって、これからますます重要になるのは、そんな「抽象から具体への翻訳」なのだろうと思います。
ーーー
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。