「当社は時価総額5,000億円台なので、SSBJ対応は2029年3月期から」——そう考えて、昨年つくった社内の適用スケジュールをそのまま使っている企業は、一度確認し直したほうがよいかもしれません。
2025年秋以降、日本株市場は大きく上昇しています。
そしてSSBJの適用区分を決めるのは、売上高でも従業員数でもなく、時価総額です。
もちろん、今日の株価が上がったから、明日から突然SSBJ対象になるわけではありません。適用区分の判定は、「現在の時価総額」ではなく、過去5事業年度末の時価総額の平均で行われます。
とはいえ、2025年秋以降の株高はかなり大きい。
そして株価が大きく動けば、この5年平均も動きます。
「うちは何年組」と一度整理した予定が、いつの間にか変わっている可能性があるのです。
2026年2月に公布・施行された改正開示府令では、プライム市場上場会社について、前事業年度末から遡る5事業年度末の時価総額の平均を用いて適用区分を判定します。
時価総額は、各事業年度末の株価と発行済株式数から算定します。
たとえば3月決算会社が2027年3月期の判定を行う場合、2022年3月末から2026年3月末までの5時点が対象になります。
段階適用のロードマップは、
という順に整理されています。
なお、法的な位置づけには違いがあり、1兆円以上は改正府令で制度化済み、5,000億円以上1兆円未満は金融庁のワーキング・グループ報告で示された次段階です。
「でも5年平均なら、一年くらい株価が上がっても影響は小さいのでは?」
そう思いたくなりますが、上昇幅が大きければ話は変わります。
たとえば、過去4事業年度末の時価総額平均が9,000億円の会社なら、5年目の期末時価総額が1.4兆円になると、5年平均は1兆円に到達します。
過去4年平均が8,000億円なら1.8兆円、7,000億円なら2.2兆円です。
5年平均という仕組みは、確かに単年の株価変動を5分の1に薄めます。
しかし、株価が2倍、3倍と動けば、5年平均でも薄めきれません。
株高によって「まだ下の区分にいる」と思っていた会社が、想定より早く上の区分へ入ることは十分にあり得ます。
さらに注意が必要なのが、上場から5事業年度を経ていない会社です。
この場合、5年分の数字がそろうまで待つのではなく、上場後に経過した事業年度末だけで平均します。金融庁は、2023年5月に上場した会社なら、2024年3月末から2026年3月末までの3時点で判定する例を示しています。つまり、「5年平均」という言葉から想像するほど、株価急騰を薄める期間がない会社もあります。
2024年12月に上場したキオクシアホールディングスを例に見てみます。
同社の時価総額は、2025年3月末の約1.29兆円から、2026年3月末には約10.41兆円まで増加しました。公表されている算定方法に機械的に当てはめると、この2時点の平均は約5.85兆円となります。
※筆者試算であり、金融庁が個社の適用区分を名指ししたものではありません。
興味深いのは、同じ期間に会社そのものが8倍になったわけではないことです。売上収益は約1.71兆円から約2.34兆円へ約37%増。連結従業員数は15,042人から15,218人へ約1.2%の増加でした。一方、市場が会社につける「値段」は大きく変わりました。
SSBJの判定方式は、この資本市場の変化をかなり直接的に拾う仕組みになっています。
これは一部企業だけの特殊な話でもありません。
東証プライム市場全体の時価総額は、2025年3月末の約911兆円から、2026年3月末には約1,171兆円、2026年7月末には約1,320兆円まで増加しました。一方、上場会社数は1,633社から1,551社へ減っています。会社が増えて市場全体が大きくなったというより、既存の企業につけられた時価総額が大きくなったわけです。
しかも上昇は均等ではありません。
2025年3月末から2026年3月末までに、非鉄金属の時価総額は約7.6兆円から約26.3兆円へ増加。電気機器も約34%増加しています。
こうした株価上昇の大きかった業種では、SSBJの適用区分の「境界線」に近づいた企業が増えている可能性があります。
金融庁が2025年3月末時点の時価総額をもとに示していた規模感は、3兆円以上68社、1兆円以上が累計171社、5,000億円以上が累計284社でした。しかし、これは固定された企業リストではありません。実際の適用区分は、各社の5年平均時価総額によって決まります。
そしてもう一つ重要なのが、SSBJ対応は有価証券報告書の文章を用意すれば終わるものではない、ということです。
SSBJ基準では、たとえば、
サステナビリティ関連のリスク・機会の識別
ビジネスモデルやバリューチェーンへの影響
現在および将来の財務的影響
レジリエンス
ガバナンス上の監督プロセス
全社的リスク管理への統合
GHG排出量
シナリオ分析
などが開示の対象になります。
義務化後の最初の2年間には一部情報を後から開示できる二段階開示が設けられ、Scope 3にはセーフハーバーもあります。保証についても、開示義務化の翌年度から段階的に求める方向がロードマップで示されています。
つまり、「適用対象になった」と確定してから、翌年の有報原稿をつくればよいという話ではありません。その前から、データの集め方や社内の管理プロセスまで整えていく必要があります。
SSBJの適用区分は、一度決めたら変わらない「会社の属性」ではありません。判定方式の性質上、5年平均が閾値を下回れば区分が動き得ることについても、金融庁はパブリックコメントへの回答で言及しています。つまり、「当社は2028年組」「うちは2029年組」と一度整理して終わりではありません。
特に2026年のように株価が大きく動く局面では、
昨年つくった適用スケジュールをそのまま使うのではなく、
「いま、自社の5年平均時価総額はどこにいるのか」
を一度確認しておいたほうがよさそうです。
株価が上がるのは、もちろん企業にとって喜ばしいことです。でも、その株高が思いがけず連れてくるものもあります。
「うちはまだ先」と思っていたら、いつの間にかSSBJ対象になっていた。そんな「うっかり」が起きないよう、株価チャートと一緒にSSBJの予定表も見直してみてはいかがでしょうか。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。