週末に、中小企業診断士の更新研修を受けてきました。
テーマの一つは、人材の定着でした。
ここで学んだことが、皆様にもご参考になりそうでしたので、本日はその共有をさせてください。
演習の題材となったのは、複数の温浴施設で清掃業務を担う中小企業でした。同じ会社に雇用され、ほぼ同じ仕事をしているパート従業員でも、職場によって定着率が異なります。
演習では、定着率が「中程度」「高い」「低い」とされた三つの職場について、従業員アンケートの結果が示されました。
設問は、職場の人間関係、待遇、シフトへの配慮、会社による現場把握、作業道具、仕事の有用感、周囲からの感謝、今後の継続意向など、全部で九つです。回答は4点から1点までの4段階でした。
(注)なおアンケートの数値は、実在する企業と従業員調査を参考にしつつ、研修用に再構成・創作されたものとなっていました。
まず目に留まったのは、「この職場で今後も長く働きたいと思うか」という設問です。
平均点は、定着率が中程度の職場Aが3.1、定着率が高い職場Bが3.4、定着率が低い職場Cが3.2でした。
定着率が最も低い職場Cの継続意向は、職場Aを上回っています。
さらに、継続意向に2点以下を付けた回答者の割合が最も多かったのは、定着率が最も高い職場Bでした「長く働きたい」という回答と、実際に人が定着しているかどうかは、きれいには並びませんでした。
この理由を考えるうえで、経営者へのインタビューが参考になりました。
経営者によれば、清掃の仕事や施設の環境が自分に合うかどうかを判断するまでには、3か月から半年ほどかかります。その間に辞める人がいる一方、1年以上勤務した人がその後辞めることは少ないといいます。
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ここから先は推測です。
エンゲージメントサーベイに回答するのは、調査時点で会社に在籍している人です。仕事や職場が合わないと感じて、それ以前に辞めた人の回答は含まれません。
離職が多い職場ほど、サーベイには「それでも勤務を続けている人」の声が残りやすくなります。その結果、現在の従業員による継続意向が、それほど低く出ないことはあり得ます。
エンゲージメントスコアが横ばいなのに、離職率が改善しない。
そのようなとき、必ずしも二つの指標のどちらかが間違っているわけではありません。
スコアに答えた人と、離職率に含まれる人が同じ集団ではない可能性があります。
演習資料には、平均点だけでなく、2点以下を付けた人の割合と、最低の1点を付けた人の割合も示されていました。
「会社は現場の課題を正確に把握していると思うか」という設問を見てみます。
職場Aは、平均2.5、2点以下が55%、1点が9%でした。
職場Cは、平均2.4、2点以下が45%、1点が27%でした。
平均点だけを見れば、職場Cのほうがやや低くなっています。一方、2点以下の割合を見ると、職場Aのほうが多い。最低の1点に限ると、職場Cは職場Aの3倍です。
この二つの職場では、不満の形が異なります。
職場Aでは、強烈ではないものの不満が広く存在している可能性があります。職場Cでは、少数の従業員が強い不満を抱えている可能性があります。
どちらを優先して対処するかは、平均値だけでは決められません。
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別の設問にも、興味深い結果がありました。
「利用者や管理者から感謝されていると感じることがあるか」という設問で、職場Aの平均は2.3、2点以下は82%でした。ところが、1点を付けた人はいません。
これは、極端な不満を持つ人がいるというよりも、職場の大半が「感謝を感じにくい」と回答している状態です。
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平均値は、不満の大きさを一つの数字にまとめてくれます。
しかし、広く共有された不満なのか、一部の人に集中した強い不満なのかまでは教えてくれません。
三つの職場の平均点をさらに単純平均すると、九つの設問はすべて2.60から3.73の間に収まります。
全体として眺めれば、「著しく悪くはないが、改善の余地はある」という結果に見えます。
その平均値の内側には、定着率の違いも、不満の分布も、職場ごとに異なる課題も残っています。
統合報告書では、全社のエンゲージメントスコアが一つのKPIとして示されることがあります。
外部開示では、全社平均を掲載することにも意味があります。経年変化を追いやすく、他の人的資本KPIとも組み合わせやすいからです。
ただし、社内管理まで全社平均で終えてしまえば、改善すべき場所を特定できません。
社内では、事業、地域、職場、職種、雇用形態、勤続年数など、施策につながる単位で結果を見る必要があります。
特に確認したいのは、平均点だけではありません。
2点以下の割合、最低点の割合、回答率、回答者数、前年からの回答者構成の変化も重要です。
離職率についても、全社の年間離職率だけでなく、入社後半年以内の離職、若手や中途採用者の離職、長期勤続者の離職を分けて見る必要があります。離職の理由も、早期のミスマッチと、介護、健康、定年などでは意味が異なります。
さらに、エンゲージメントサーベイで尋ねていないことは、原則としてサーベイからは見えません。
長時間労働、安全上の問題、ハラスメント、休職、通報や相談の状況などは、それぞれのデータと組み合わせて確認する必要があります。
もっとも、細分化しすぎれば、誰が回答したか推測されるおそれがあります。匿名性を守る最低人数を定めるなど、従業員が安心して回答できる設計は欠かせません。
大切なのは、数字を細かくすること自体ではありません。
どこに課題があるのかを特定し、誰が対応し、何を変え、翌年にどう検証したのか。取締役会や経営会議が、そこまで確認できているかです。
エンゲージメントスコアを見るとき、尋ねたいことは平均点だけではありません。
誰が答えた数字なのか。
誰の声が、回答する前に集計対象からいなくなったのか。
低い回答は広く分布しているのか、それとも一部の人に集中しているのか。
エンゲージメントサーベイの粒度とは、開示する数字を増やすことではなく、経営が動けるところまで組織の解像度を上げることなのだと思います。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。