今回確認したS&P Global CSA、FTSE Russell ESG Scores、MSCI ESG Ratingsの公開方法論では、「熱中症」を名称とする独立した評価項目は確認できませんでした。
ただし、暑熱リスクそのものが評価対象外という意味ではありません。労働安全衛生、気候変動への脆弱性、物理リスクの財務影響など、複数の枠に分かれて扱われています。
一方、日本企業の有価証券報告書では、平均気温の上昇に伴う熱中症対策費の増加や、現場の労働生産性低下を、気候関連の物理リスクとして記載する例がすでに現れています。
企業が一つの出来事として開示する熱中症を、ESG評価機関はどのように分解して捉えているのでしょうか。
S&P GlobalのCorporate Sustainability Assessment(CSA)では、気候の物理リスクへの対応は環境ディメンションのClimate Strategy、労働安全衛生は社会ディメンションのOccupational Health & Safetyに置かれています。
2026年版CSA Fundamentalsでは、Occupational Health & Safetyの下位項目として、OHS Policy、OHS Programs、Fatalities、従業員向けと契約者向けのLost-Time Injury Frequency Rate(休業災害度数率)が示されています。暑熱に固有の安全衛生指標は置かれていません。
このため本稿の整理では、熱中症による休業災害はLTIFRなどの安全衛生実績に含まれ得る一方、暑熱環境への適応策はClimate Strategyにおける物理リスク対応として評価され得る構造と読めます。
同じ熱中症でも、発生した災害は社会側、将来の気温上昇への備えは環境側に分かれる可能性があります。
FTSE RussellのESG Scoresでは、Health & Safetyは社会ピラー、Climate Changeは環境ピラーのテーマとして、それぞれ別に置かれています。
FTSE Russellでは、テーマごとのExposureを決める要因が異なります。2026年6月版の方法論では、Health & SafetyについてはICBサブセクターと地域の双方が用いられる一方、Climate ChangeについてはICBサブセクターが用いられます。
企業が事業を行う国が、Health & Safetyとの関連性が高い国に含まれるかどうかも、Exposureを左右する要因の一つです。
ここでも暑熱を直接測るのではなく、まず業種と事業地域から、労働安全衛生というテーマへの露出の大きさを判定する仕組みになっています。
MSCIのESG Ratingsは、3ピラー・10テーマ・33のKey Issueで構成されています。Health & Safetyは社会ピラーのHuman CapitalテーマにあるKey Issueの一つです。環境ピラーの気候変動テーマには、Carbon EmissionsやClimate Change Vulnerabilityなどが並びます。
一方、物理的気候リスクによる財務損失の定量推計は、別製品であるClimate Value-at-Riskで行われます。
MSCIは慢性ハザードとして、extreme heat、extreme cold、heavy precipitation、strong snowfall、severe windの5種類を挙げ、資産への損傷や事業中断による損失を推計しています。
したがって、労働安全衛生上の熱中症リスクと、暑熱による事業中断などの財務影響は、異なる評価体系やデータプロダクトで扱われ得ます。
評価機関の方法論から少し視野を広げ、国際機関による暑熱影響の分析を見ると、そこで多く使われているのは「労働災害」だけでなく、「労働時間の損失」や「労働生産性の低下」という語彙です。
ILOは2019年の報告書「Working on a Warmer Planet」で、2030年に熱ストレスによって失われる労働時間が、8,000万人分のフルタイム雇用に相当すると推計しました。失われる労働時間の内訳では、農業が60%、建設業が19%を占めます。
OECD経済局のWorking Paperは、23か国・270万社超のデータを用い、35℃を超える日が年間10日増えると、企業の年間労働生産性が約0.3%低下すると推計しています。論文では、エネルギー価格が5%上昇した場合と同程度の影響と比較されています。
暑熱は、労働安全衛生上の事故であると同時に、労働時間や生産能力を失わせる経済的なリスクとしても捉えられています。
公開版のClimate VaR方法論だけでは、屋内作業や空調設備が暑熱脆弱性にどのように反映されているかを、十分に検証することはできません。
一方、MSCIが2024年に公表した分析では、暑熱の影響は屋内にも広がるとされ、作業の身体的負荷と空調の普及状況を用いて、物流倉庫や製造業などの脆弱性が検討されています。
ここで問うべきなのは、「屋内作業の脆弱性をゼロと置いている」と断定することではありません。
企業や投資家が、モデルにおける屋内環境、空調設備、高温工程、排熱などの前提をどこまで確認できるのかという、方法論の透明性です。
厚生労働省が公表した2025年の確定値では、職場の熱中症による死傷者数が最も多かった業種は、製造業の365人でした。死亡19件のうち4件は屋内での被災です。
屋内の高温工程、設備からの排熱、換気の不全などを考えれば、屋内作業を一括して低リスクとみなすことはできません。
問われるのは、気候リスクモデルが屋内作業を無視しているかどうかだけではありません。
空調設備の有無や稼働状況、高温工程、作業強度といった企業固有の実態が、評価や推計にどこまで反映されているのか。そして、モデルでは捉えにくい現場の実態を、企業自身がどこまで補足して開示できるのかです。
熱中症を労働災害の件数だけで捉えるのか。それとも、気候変動への適応、労働生産性、設備投資までを含む経営課題として捉えるのか。
ESG評価機関の方法論を読むと、その問いが一つの評価項目には収まらないことが見えてきます。
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今週もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、来週のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。