娘が、化粧品ストアのレジ業務のアルバイトに応募しました。
面接は動画形式でした。店舗の負担は減り、応募者も都合のよい時間に答えられる。そこまでは、もう驚きません。
驚いたのは、表示された質問のほうです。
「全国レベルの受賞歴はありますか」
その次に、
「刑罰歴はありますか」
娘が戸惑っていると、大学教員の採用面接を知っている夫が言いました。
「それは、大学教授の面接のときに聞かれるやつだねぇ」
笑い話に見えます。ただ、この二つの質問が続けて出てくる理由は、たぶん大学ではありません。
履歴書には、受賞歴と刑罰歴を「賞罰」という一つの項目で扱う様式や記載慣行があります(注1)。
紙の上では、それは一行でした。
紙の様式では、性質の異なる二つの情報が「賞罰」という一つの見出しに収まります。今回の応募画面は、それをオンライン上で二つの質問に分けたものではないか。画面を見て、そう想像しました。受賞歴を聞く欄と、刑罰歴を聞く欄に。
二つに分けられたことで、もともと性質の異なる情報が、同列の質問として画面に現れます。
受賞歴は、通常の個人情報です。 質問のいう「刑罰歴」が、有罪判決の確定した事実を意味するのであれば、個人情報保護法上の「犯罪の経歴」、すなわち要配慮個人情報に当たります(注2)。
画面の上では、同じ大きさの入力欄が二つ並んでいるだけです。しかし法律上、この二つは同じ箱に入る情報ではありません。
並んで表示されることが、扱いの差を消してしまう。
問題は、応募者に高い水準を求めていることではありません。取得した瞬間に管理義務の重さが変わる情報が、受賞歴と同じ軽さで並んでいることです。
レジ業務に全国大会の受賞歴が要るとは思えません。ただ、それは単に不要な質問です。
刑罰歴は違います。不要なだけでなく、取得した時点で企業側に義務が生じます。
取得目的は採用業務に必要な範囲でなければならず、要配慮個人情報を取得する場合は原則として本人の同意も必要です。そのうえで企業の管理実務として、誰が閲覧し、どのような採用判断に使い、いつ削除するのかを明確にしておく必要があります(注3)。
そして今回は、動画でした。
紙の履歴書で残るのは、主に記載内容と写真です。動画面接では、回答内容に加えて、応募者の映像と音声が保存されます。
取得の重さは、質問文だけでは決まりません。どの形式で、どこに、いつまで残るかで決まります。
この質問が、どのような経緯で設定されたのかはわかりません。ただ、もし共通テンプレートをそのまま使った結果だとすれば、これは誰かが積極的に決めた質問というより、
誰も削らなかった質問
だったのかもしれません。
外部の採用システム、採用代行、正社員とアルバイトの共通テンプレート。効率化そのものは悪くありません。ただ、標準化が進むほど、「誰がこの質問の必要性を判断したのか」という記録が消えます。
サステナビリティ上のリスクは、悪意から生まれるとは限りません。前任者から引き継がれた設定、誰も疑問を持たなかった初期値。人権方針は、破られるより先に、そこで負けます。
方針が立派でも、応募者が体験するのは方針ではなく画面のほうです。
採用フォームの質問項目を、サステナビリティ部門が一つひとつ確認するのは現実的ではないでしょう。
それでも、人権デューデリジェンスの対象に採用プロセスを含めることはできます。確認できるのは、たとえばこの程度のことです。
職種ごとに、質問項目の必要性を見直しているか
要配慮個人情報にあたる項目が、通常の項目と同じ扱いになっていないか
動画や音声を誰が閲覧し、どのくらい保存するのか
不採用となった応募者のデータを、いつ削除するのか
応募者が質問や削除を申し出られる窓口があるか
人事だけの問題ではありません。人事、法務、情報システム、調達、サステナビリティ。境界に落ちたものが、いちばん長く残ります。
応募者は、入社して初めてステークホルダーになるのではありません。応募ボタンを押した瞬間から、その企業が人権と個人情報をどう扱うのかを体験しています。
人権デューデリジェンスの話をするとき、視線はサプライチェーンの奥へ向かいがちです。何次下請けまで辿れるか、監査を何件実施したか。
ただ、方針が実装されているかどうかは、もっと手前に出ます。
いちばん遠い工場より先に、いちばん近い応募画面に出ます。
---
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
注記
(注1)仮説。 履歴書には、受賞歴と刑罰歴を「賞罰」として一つの項目で扱う様式や記載慣行がある。ただし、旧JIS規格の履歴書様式例には独立した「賞罰」欄はなく、市販の履歴書や企業指定様式も一様ではない。当該企業の二つの質問が、従来の「賞罰」という項目を分割したものかは確認していない。なお、日本規格協会は2020年7月、JIS規格の解説から履歴書様式例全体を削除し、厚生労働省は2021年に新たな履歴書様式例を作成した。
(注2)事実。 個人情報保護法上の「犯罪の経歴」とは、前科、すなわち有罪の判決を受け、これが確定した事実をいう。要配慮個人情報の取得には、法定の例外を除き、原則として本人の同意が必要である。質問文の「刑罰歴」がこの意味で用いられている場合、その回答は要配慮個人情報に当たる。受賞歴は「犯罪の経歴」には該当しない。
(注3)事実。 職業安定法は、求人者等が求職者の個人情報を収集する際、業務の目的の達成に必要な範囲内とすることを求めている。厚生労働省も、応募者の適性・能力に関係のない事項の把握を避けるよう公正採用選考の考え方を示している。条文番号は改正により移動しているため、引用時は現行条文を確認のこと。
(注4)体験。 娘の応募および夫の発言。当該質問が必須回答だったか任意だったか、企業名およびシステム提供元は特定していない。したがって本稿は特定企業の批判ではなく、汎用テンプレートを使う採用プロセス一般の設計問題として書いている。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。