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「見つけるはずだった」という期待と、監査・社外取の設計——ニデック総会を起点に

6月18日、京都市内のホテル。
ニデックの定時株主総会で、ある株主が社外取締役を「無能だ」と評したとき、会場から拍手が起きたそうです。総会は3時間48分に及び、前年のおよそ2倍。出席746人のうち37人が質問に立ちました(日本経済新聞、6月18日より)。

同じころ、毎日新聞は会計不正をめぐり、監査法人を「市場の番人」と表現していました。
監査法人と社外取締役。

不正を「見つけるはずだった番人」として名前が挙がり、見つけられなかった責めを負う構図が、二つ重なりました。ですが、ここには無理筋の話が含まれていると、私は考えます。

 

公認会計士監査と社外取が引き受けている範囲

公認会計士監査は、不正を摘発するための捜査ではありません。目的は、財務諸表に不正または誤謬による重要な虚偽表示がないかについて、合理的な保証を得ることにあります。
(ただし、監査人には職業的懐疑心を保持し、不正による重要な虚偽表示リスクを識別・評価し、必要な監査手続を実施する責任があります)

とはいえ、監査は会社が作成した財務諸表や提示する証憑を出発点にせざるを得ません。経営者による隠蔽や、組織的な情報遮断があれば、監査の難度は大きく上がります。

 

社外取締役についても、経済産業省「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」は、最も重要な役割を「経営の監督」とし、中核を経営陣への評価・指名・報酬の決定、必要な場合の社長交代の主導に置いています。

 

社外取締役は、常勤の監査等委員を置く場合を除き、日常の業務執行に常時関与しているわけではありません。すべての取引・会議・メールを直接見る立場ではない、という限界があります。

監督は、取締役会に上がる情報を主要な起点として動きます。だからこそ、社外取締役には、個別取引をすべて見に行く役割ではなく、「届くべき情報が取締役会・監査等委員会・内部監査から上がる設計になっているか」を点検する役割があります。

「なぜ社外取締役は見つけられなかったのか」と問うだけでは、制度の問題が社外取締役個人の能力の問題だけに矮小化されてしまいます(注1)。

 

だとすれば、本当に問うべきなのは、「見つかるはずの仕組み」が会社の中にあったのか。あったとして、それは監査・監督の場まで届く設計になっていたのか。そこではないでしょうか。

 

モニタリングの範囲という未確定の領域

日本の上場企業の取締役会は、執行を経営陣に委ね、取締役会は方向性・リスク・資本配分・トップの評価を担う「モニタリングボード」へと動いてきました。

ニデックも2020年に監査等委員会設置会社へ移行し、過半数を社外取で構成する監査等委員会が監督を担う体制をとっていました。

 

ただし、取締役会が何を、どこまでモニタリングするのか、どこからが社外取締役の責任なのかは、現時点で定まっていません。

金融庁のコーポレートガバナンス改革の有識者会議は、2026年に入ってからも、社外取締役の役割の明確化や実効性評価の実効化を論点に挙げています。
会議では、「取締役会」「経営陣」「社外取締役」の役割分担を明確に書き分けてほしい、という意見も出ています。

役割分担の明確化を今後進める段階にある以上、社外取締役の責任の線をどこに引くかは、論者によっても機関投資家によっても異なるのが現状です。

 

「依存」という補助線

監査も社外取締役も、会社側が誠実に情報を出すことを前提に組み立てられた制度です。

サステナビリティ開示が「依存と影響」と呼ぶときの依存、外部の条件に支えられて初めて成り立つ関係と、構造はよく似ています。

前提が崩れたとき、問題は番人の能力の手前、制度が依存していた条件の側へ移ります。

能力の問題ではなく依存の問題として読み直せる場所があるのです。

わかりやすく申し上げるならば、監査も社外取締役による監督も、「会社の中で異常が拾われ、必要な情報が上がってくる」という前提に依存しています。そこに、個人がすべてを疑い、すべてを見つけ出すような機能を期待するのは無理筋ではないか——これが、私の個人的な意見です(注2)(注3)。

 

とはいえ、今年の統合報告書の書き方は気を付けておきたい

開示の側でも、別の動きが進んでいます。

金融庁の有識者会議は、社外取締役の見解・権限・活動状況・報酬といった「実質化が分かる情報」の開示を進める方向を示しています。

機関投資家のスチュワードシップでは、任意の統合報告書だけでなく法定開示の有価証券報告書を読む志向が強まり、GPIFの運用機関コメントでも、社外役員インタビュー、社外取締役対談、取締役会での議論内容・時間配分などから、取締役会の実効性が伝わる開示を評価する例が見られます。

 

と、いうことは。

今年の統合報告書のガバナンスのページは、社外取締役が「実際に何を見て、何を議論したか」だけでなく、重要な情報が取締役会・監査等委員会・内部監査からどのように上がる設計になっているかまで、読まれていくことになるでしょう。

形式的な体制の記述と、実質を伝える記述との差が、従来より見えやすくなるかもしれません。

 

役割分担の線がまだ動いている時期に、社外取締役の見解・活動・議論を、どの粒度で書くか。形式的な体制図の先に、何を見て何を問うたかを置けるかどうか——今年の統合報告書は、記述の実質を試される場所になっていきます。

 

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今週もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、来週のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


文末注

(注1) そんな「超人的な」社外取はめったにいませんし、いたとしてもすでに多忙でそこまでの時間を1社に注ぐことはまず無理です。

(注2) 監査も社外取締役による監督も、会社側から提供される情報に依拠する面を持っています。
ただし、それは単純な「性善説」ではありません。監査には職業的懐疑心があり、社外取締役にも情報収集ルートを設計・点検する役割があります。
それでもなお、個人が万能の探偵のように不正を見つける制度ではありません。問うべきは、「なぜ見つけられなかったのか」だけでなく、「不正の兆候が監査・監督の場に届く設計だったのか」だと思うのです。

(注3) もちろん、これは監査法人や社外取締役に責任がない、という話ではありません。むしろ問うべき責任を、個人の能力論ではなく、情報が上がる設計、リスクを議題化する仕組み、経営陣を交代させる権限の使い方として捉え直したい、ということです。

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