株主総会招集通知で定着したスキルマトリックス。
取締役一人ひとりが、経営、財務、法務、グローバル、サステナビリティ、人材、ITなど、どのような知見を持つかを一覧で示す表です。
近年、この表について「特定の取締役にすべての項目で丸が付いている」「社長や会長が全知全能のように見える」といった問題提起が出ています。
(ご参考記事)
日経電子版『相次ぐ「全知全能」の取締役 総会招集通知のスキル開示、透明性に課題』(2026年6月24日)
確かに、すべての取締役が何でもできるように見える表は、
わかりやすいようでいて、実は取締役会の実像を見えにくくします。
本当に問われているのは、丸が多いか少ないかではありません。
その会社の戦略を監督するために、取締役会としてどの機能を備えているのか、という点です。
スキルマトリックスは、本来「この取締役は何ができる人か」を紹介するためだけの表ではありません。
順番としては、まず会社の経営戦略があります。
次に、その戦略を実現し、監督するために取締役会に必要な機能があります。
そのうえで、現在の取締役会がどのような知識・経験・能力を備えているのかを示す。
つまり、スキルマトリックスは取締役会というチームの設計図です。
ところが実務では、この順番が逆になりがちです。
担当者様にとって悩ましいのは、これが単なる「見栄」ではないことです。
コード対応として開示しなければならない。
投資家から能力不足に見られたくない。
現任取締役の再任理由も説明しなければならない。
こうした圧力の中で、丸は自然に増えていくのだと、私は考えています。
問題は、丸が多いこと自体ではありません。
問題は、丸の意味が曖昧なまま増えることです。
たとえば「人材」という項目。
CHRO経験がある人に丸を付けるのか。
人事制度改革を主導した経験があればよいのか。
社長として人事を見ていたことがあればよいのか。
取締役会で人的資本について議論してきた経験でもよいのか。
この基準が曖昧なままだと、
「経験した」「担当した」「監督した」「専門性がある」が、すべて同じ丸で表されてしまいます。
そうなると、投資家や読み手は、取締役会のどこに本当の強みがあるのかを読み取りにくくなります。
むしろ、空欄があるからこそ役割が見える場合もあります。
財務に強い人、海外事業に強い人、人材・組織に強い人、サステナビリティに強い人。
それぞれの強みが見える表の方が、取締役会のチームとしての実効性を伝えやすくなります。
これからのスキルマトリックスで大切なのは、
丸を増やすことではなく、丸の意味を深めることです。
そのスキルは、どの経営課題と結びついているのか。
どの会議体で、どのように生かされているのか。
専門性なのか、執行経験なのか、監督経験なのか。
今後補うべきスキルは何か。
こうした説明があって初めて、スキルマトリックスは投資家との対話の道具になるように思います。
社長も取締役も、一人ですべてを背負う必要はありません。
現代の企業経営は、資本市場、人的資本、気候変動、サプライチェーン、人権、AI、サイバーセキュリティなど、あまりにも複雑です。
(ご参考)
当ブログ『「IR指名打者制」のススメ――御社の社長は「オオタニサン」ですか?』(2025年8月4日)
必要なのは、全知全能の一人ではなく、勝てるチームです。
スキルマトリックスは、そのチームの打順表であり、守備位置表である。
そう捉え直すことで、開示はもう一段、実質的なものに近づくのではないでしょうか。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。