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「マーケットチェック」という語が立っている、二つの座標

価値創造ストーリー

買収提案を受けた企業の開示資料——意見表明報告書や特別委員会の答申——を読んでいると、「マーケットチェック」という語にしばしば出会います。

提示された買収条件が妥当かを確かめるため、他にもっと良い条件の相手がいないかを当たる手続きです。

価格の妥当性を株主へ説明するための公正性担保措置のひとつとして、開示の場面でも使われることが多い語です。

 

6月2日に置かれた、ひとつの論点整理

マーケットチェックに対して、6月2日、ひとつの論点整理が向けられました。経済産業省「公正な買収の在り方に関する研究会」——2023年に「企業買収における行動指針」を策定した研究会——の第11回が、買収取引の公平性・透明性に課題のある事例を整理し、政府に対応を求めました。翌3日の日本経済新聞が報じています。

研究会は2022年に設置され、2023年8月に行動指針をまとめたのち区切りを迎えましたが、2024年の金融商品取引法改正で公開買付制度と大量保有報告制度が見直されたことなどを受け、2026年2月に再開されました。第11回は、再開後三度目の会合です。

整理された事例のひとつがマーケットチェックで、調査の手法が定まらず、どう進めるべきか関係者の共通認識が不足している、とされました。ほかに、アクティビストとファンドの裏での連携が疑われるケース、短期売買利益返還規制の不備も挙がっています。行動指針は、企業価値・株主共同の利益、株主意思、透明性という三つの原則を置いており、マーケットチェックは取引の公正さを担保する手続きの側に位置づけられてきました。ここまでは、「透明性のルールが実務に追いついていない」という座標に収まる話です。

 

同じ語が属する、もう一つの文書系

ただし、マーケットチェックという語は、別の文書系にも属しています。

経済産業省「成長投資ガイダンス」案や、2020年の「事業再編実務指針」が示すベストオーナー原則——自社が最良の持ち手でない事業は、より価値を生む主体へ移すことも選択肢にせよ、という考え方——から見ると、マーケットチェックは価格の妥当性を確かめるだけの手続きではありません。「この事業・この会社を、より価値ある形で持てる相手はほかにいないか」を市場へ問う機能も帯びえます。成長投資ガイダンス案は、2026年に経済産業省の小委員会で示され、正式な公表をめざす段階にあります。

統合報告書やIR資料で「なぜこの事業を売却したのか」「なぜこの領域に資本を集中するのか」を説明するときの背景にある問いは、ベストオーナー原則と地続きです。開示の文脈から見ると、今回の論点整理は法務・財務部門の議題に留まらず、開示の側でも文脈を押さえておく動きと言えます。

公正性担保措置としてのマーケットチェックと、ベストオーナー原則は、入口が違います。前者は買収提案を受けた後の手続きであり、後者は平時のポートフォリオ見直しの原則です。入口が違っても、両者は「この資産を、誰が持つのが最も価値を生むか」という問いの近くで交わります。「調査の手法が定まっていない」という論点を後者の側から読み直すと、「最良の持ち手を見つける方法に、まだ共通認識がない」とも訳せます。

 

二つの座標が交わるところ

研究会の論点整理は、公正性担保措置の側からマーケットチェックを照らします。成長投資ガイダンスは、持ち手の最適化の側から同じ語を照らします。同じ言葉が、別の文書のなかで別の役割を負っています。

報告書、報道、実務という段階を経たとき、二つの座標が別物として書き分けられたまま残るのか、あるいは一方へ溶けて見えなくなるのか。マーケットチェックという語の置き場所は、まだ定まっていません。

 

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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。

執筆担当:川上 佳子

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