6月1日から、医療機関が看板や広告に「睡眠障害内科」と掲げられるようになりました。
診療科名を定める政令が、2008年以来18年ぶりに改正されたためです。単独で表記できる内科や精神科などと組み合わせ、「睡眠障害内科」のように表示できます。
診療科名をめぐる本格的な見直しは、久しぶりのことになります。
これまでも睡眠外来は心療内科や精神科などにありましたが、担当する科がバラバラで、どこを受診すればよいかわからず、病院に行くのをためらう人も少なくありませんでした。
診療科として名前が認識されれば、受診のハードルが下がり、早期に適切な治療につながりやすくなると見込まれています。睡眠障害には不眠症だけでなく、日中に強い眠気が出る過眠症なども含まれ、対象は思いのほか広く取られています。
日本では5人に1人が、睡眠は不十分だと自覚しているとされます。ストレスや生活習慣の乱れに加え、スマートフォンの普及で夜間にブルーライトを浴びる機会が増えたことも背景に、睡眠に悩む人はむしろ増えているとされ、潜在的な患者層は厚いとみられています。
ここで思い出しておきたいのは、企業の側には、すでに睡眠を測る物差しがあることです。
経済産業省の健康経営度調査には「睡眠による休養感」という設問が組み込まれています。
これまでは、不眠や睡眠時無呼吸を自覚していても医師に相談する人は限られていました。受診の導線が整えば、この既存の指標と、実際の診断・治療のデータが、これまでよりつながりやすくなります。
睡眠による休養感のような指標は、健康経営優良法人の認定や、統合報告書での健康関連の記載とも地続きの位置にあります。
さらに2026年3月期からは、有価証券報告書の人的資本開示が新しい様式に移りました。
人材戦略を経営戦略と結びつけて語ることが求められます。人的資本開示は、育成や多様性といった項目だけでなく、労働安全や健康管理に関わる情報も対象に含みます。
睡眠や、それに伴うプレゼンティーズム(出勤していても能率が落ちている状態)は、この枠組みのどこに置かれる話なのか。受診インフラが整うほど、睡眠はデータとして取り出しやすくなり、開示の俎上に載せられる素地が整っていきます。
そして今回、もう一つ新しい軸が前面に出てきました。
「損失」と「市場」です。
米ランド研究所の試算をもとにした日経記事によれば、日本の不眠による経済損失はGDP比3.2%、およそ19兆円。英国の2.13%、ドイツの1.68%、カナダの1.42%、米国の2.53%を上回り、比較された主要5か国で最大とされます。
これは2016年に公表された25年の予測で、日本の損失額は25年度の実質GDPの実額をもとに算出されたものです。
一方で治療薬の国内市場は、富士経済の推計で2035年に1607億円へ、25年見込みから6割強拡大する見通しです。
診療科名の整備、健康経営度調査の指標、有価証券報告書の開示様式——睡眠を「測り、扱う」仕組みが、医療・経営・開示の三つの面で、ほぼ同じ時期に動き出しています。
そのうえで、開いたままの問いが一つ残ります。この「19兆円」という数字は、最終的に、開示のどの欄に置かれるのでしょうか。失われたコストとしてなのか、これから取り戻す市場としてなのか。
同じ数字でも、どの欄に記すかで、そこから語られる物語は変わってきます。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。