統合報告書をつくるとき、「SSBJ基準を参考に整理しました」という一文は、便利でした。国際的な議論を見ている、という姿勢が、短い言葉で伝わるからです。
ですが、その便利さに今、ブレーキがかかりました。
2026年5月29日、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が「有価証券報告書におけるSSBJ基準への言及について(注意喚起)」を公表しました。
有価証券報告書におけるSSBJ基準への言及について(注意喚起)の公表
(2026年5月29日、サステナビリティ基準委員会)
要点を、お伝えします。
SSBJ基準の一部を参考にすること自体は、否定されていません。ガバナンスやリスク管理の整理に基準の考え方を使うのは、これまで通りで構いません。
問題はその先です。
すべての定めに準拠していないのに、「SSBJ基準を踏まえて」「考慮して」「参考にして」と書くこと。SSBJは、これらの柔らかい表現を「準拠している範囲及び程度に関わらず」用いることができてしまうと指摘し、利用者の誤解を避ける観点から不適切だと、はっきり述べています。
つまり、問われているのは言葉の強さではありません。
読み手に与える印象です。
ここに、明確な転換があります。
任意開示の世界では、基準名は「信頼感の言葉」でした。「SSBJを意識しています」と示すための、便利な飾り。
けれど制度開示の文脈では、同じ言葉が説明責任のトリガーに変わります。投資家は、基準名に比較可能性や検証可能性を読み込むからです。
基準名は、もう飾りとしては使えません。
そして、この扱いはSSBJ基準に限りません。
注意喚起は、ISSB基準への言及も同様に扱うのが適切だと明記しています。
統合報告書はISSB・SASB・GRIの表現が混ざりやすい場ですから、「SSBJは避けてISSBと書いた」が抜け道にはならない、という意味でもあります。
では、制作の現場では何をすればよいのでしょうか。
今回は二つだけ、お伝えします。
一つは、媒体間で言葉をそろえることです。
統合報告書では「SSBJ基準を参考に」と書き、有価証券報告書では準拠していない旨を明示している――この食い違いは、投資家との対話で説明を求められます。有報・統合報告書・サステナビリティサイト・説明資料を、一度横に並べて見比べる価値があります。
もう一つは、その確認を制作の初期に持ってくることです。
台割や編集方針を決める段階で、基準名の使い方をルールにしておく。最終校で表現を直すだけでは、CEOメッセージ、価値創造プロセス、データ集と、別々の担当者が書いたページの揺れを拾いきれないからです。
なお、基準に一切触れないという判断も、後ろ向きではありません。
SSBJはハンドブック『SSBJ基準のすべての定めに準拠していない場合の開示』を公表しており、それを踏まえてあえて言及しない企業もある、と理解を示しています。
開示の問いは、「何を書くか」から、「どの基準に、どの程度依拠しているように見えるか」へ。
今回の注意喚起は、統合報告書の現場にも、その問いを投げかけています。
執筆担当:川上 佳子
今日の座標
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。