統合報告書の企画に際し、クライアント企業様からよく聞かれる質問があります。
「うちの価値創造プロセス図、調達から販売までの事業プロセスが中央にあるのですが、これでいいのでしょうか」
製造業に限った話ではありません。
金融、サービス、流通でも、自社の事業の流れを中央に置いた図は珍しくありません。
ですが、果たしてそれは「価値創造プロセス図」として機能しているのでしょうか。
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2026年5月18日、経済産業省と東京証券取引所が「SX銘柄2026」を選定しました。
ご参考:経済産業省『「SX銘柄2026」「SX注目企業2026」を選定しました』
同時に発表された「SX銘柄2026レポート」に掲載されていた、各企業の価値創造プロセス図、
改めて並べて確認し、わかったのは
SX銘柄15社の主図は、ほぼ全社が事業プロセスを中央に置いていない
ということでした。
代わりに、
中央=ビジネスモデルの部分に置かれていたのは
「なぜこの会社が勝てるのか」という勝ち筋の構造
でした。
(例)
味の素は「Scientific Possibilities × Story of Wellbeing」の無限ループ。
TDKは「フェライトツリー」という樹木メタファ。
村田製作所は「3層ポートフォリオ」(標準品型/用途特化型/新ビジネス)の階層構造。
東京海上HDは「保険+ソリューション」のスパイラル。
レゾナックは「価値創造レシピ」の魔法の鍋。
どの主図にも、事業プロセスはありません。
あるのは、自社の独自能力が、市場でどう勝ち筋になるかという構造です。
事業プロセスは、別ページの補足図に回されています。
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私がこれまで見てきた限り、価値創造プロセス図における「ビジネスモデル」の部分の書き方は、おおむね3種類に分けられます。
①バリューチェーン型(事業の流れを分解して見せる)
②セグメント型(事業領域・顧客で分けて見せる)
③能力型(強みの源泉・独自能力を中央に置く)
日本企業の統合報告書で長らく主流だったのが、①バリューチェーン型でした。
事業の流れが整理されて分かりやすく、一貫体制やオペレーションの強さをアピールしやすいからです。
ところが、SX銘柄に選ばれた企業を見ると、主図はほぼ③能力型に進化しています。①バリューチェーン型の事業プロセス図は補足図に回り、主図は「なぜ勝てるか」の構造に置き換わっているのです。
なぜそうなるのでしょうか。
おそらくこれは、「投資家が知りたいのは、事業プロセスの正確さではなく、勝ち筋の確からしさだから」であると考えられます。
少年漫画で考えると分かりやすいかもしれません。
『ONE PIECE』や『僕のヒーローアカデミア』のキャラクターは、登場人物の「能力(個性)」が可視化されています。読者はそれを見て、「このキャラはなぜ勝てるのか」「何が強みで、何が弱点なのか」「能力が発揮されるとどんな結果になるのか」を考えます。
実は、投資家が企業に求めていることも、同じです。
価値創造プロセス図の主図は、わかりやすく言えばキャラクター紹介のページなのです。
「うちはこの能力で、この戦場で、この勝ち筋で戦います」を一枚で示すページ。
であれば、事業プロセスの図を描くべき場所は、そこではありません。
(事業プロセスは「この能力を支える舞台裏」として、別ページに置けばよいのです)
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このことを裏付ける、もうひとつの事実があります。
SX銘柄15社の主図に、KPIや数値を明示している企業は、わずか5社(33%)。3社に1社しかありませんでした。
| 要素 | 該当社数 |
|---|---|
| 因果フロー明示 | 15社(100%) |
| 資本類型明示 | 12社 |
| マテリアリティ明示 | 11社 |
| 再投資循環明示 | 11社 |
| KPI/定量明示 | 5社(33%) |
それでも、評価されています。
なぜなら、残りの67%は、能力の構造だけで勝ち筋を見せ切っているからです。
KPIを置いた33%も、闇雲に並べているのではありません。
意思決定点(能力が結果に変わる地点)にだけ置いています。
エーザイは「使命」と「アウトカム」の交点に2030年社会インパクトの数値を、東京海上HDは「保険+ソリューション」の効果としてROEを置く——という具合に。
価値創造プロセス図の主図に必要なのは、数字の量でも、事業プロセスの正確さでもないのです。能力の構造と、それが勝ち筋に変わる経路。これが主役です。
「うちの価値創造プロセス図、事業プロセスが中央にあるのですが、これでいいのでしょうか」と聞かれたら、私は今年、こう答えるでしょう。
「それを補足図に下げて、主図には勝ち筋を描き直しませんか」と。
参考:経済産業省・東京証券取引所「SX銘柄2026レポート」(2026年5月公表)
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。