2026年5月12日、WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)は、削減貢献量(Avoided Emissions)を投資判断に活用するための報告書「Avoided Emissions: Focus on the investment case」を公表しました。
今回の報告書で注目したいのは、削減貢献量を単なる「環境貢献の数値」としてではなく、資本配分や投資評価にどう使うかという観点から整理している点です。WBCSDは、削減貢献量の役割について、資本配分、投資評価、企業価値評価の中で進化しつつあると説明しています。
統合報告書やサステナビリティレポートの制作担当者様にとっても、これは見逃しにくい動きです。
削減貢献量とは、企業の製品・サービス・行動によって、他の場所で発生するはずだった温室効果ガス排出が回避される量を指します。
WBCSDは、削減貢献量を「企業の製品、サービス、行動が他所での排出を防ぐことで生じるGHG削減」と説明しています。例としては、再生可能エネルギーインフラ、低炭素飼料、高性能ガラス・断熱材などが挙げられています。
削減貢献量は、「自社の製品やサービスが社会全体の排出削減にどのように寄与するかを示す」ものです。このため、自社およびバリューチェーンにおける排出量から「差し引く」ことはできません。
ただし、だからといって削減貢献量の議論に意味がないわけではありません。むしろ、この議論が進められてきた背景には、Scope1・2・3だけでは十分に見えない企業の役割があります。
たとえば、高効率な素材、省エネ機器、再生可能エネルギー関連設備、低炭素な生産技術などを提供する企業は、自社の製造過程では一定の排出を伴う場合があります。しかし、その製品やサービスが顧客や社会全体の排出削減に大きく貢献していることもあります。
脱炭素社会への移行には、自社の排出を減らす努力と同時に、社会全体の排出削減に資する製品・サービスを広げていくことも欠かせません。削減貢献量は、後者の役割を可視化するための補助的な指標として議論されてきました。
つまり、削減貢献量は「自社の排出量を少なく見せるための数字」ではなく、「自社の事業が脱炭素社会の中でどのような解決策になり得るのか」を説明するための情報です。
慎重に扱う必要はありますが、統合報告書や投資家向けの説明においても、今後重要な補助線になり得ます。
今回の報告書の特徴は、削減貢献量を、投資判断の文脈に置き直しているところに意味があると考えます。
従来の議論は、おおまかに言えば、「第1段階:削減貢献量をどう算定するか 」→ 「第2段階:どのように開示すれば過大表示にならないか」と進んできましたが、今回、これが「第3段階:投資判断や資本配分にどう使えるか」のに入ってきたとの印象を個人的には受けました。
WBCSDは、削減貢献量について、技術やソリューションがシステム全体の脱炭素化にどう貢献するかを評価・開示するために使われるようになっている一方で、金融チームや外部資本提供者にとっては、キャッシュフロー、リスク、資本効率との関係が重要になると説明しています。
ここが実務上のポイントです。
削減貢献量が大きいことは、たしかに重要な情報です。しかし、それだけで「投資すべき事業」と判断されるわけではありません。
今回の報告書がリアルオプション理論に言及している意味も、ここにあります。脱炭素移行に関わる事業は、将来の需要や政策、技術の変化に不確実性があります。そのため、最初から一括で大きな投資を行うだけでなく、段階的に投資し、判断ゲートを設け、必要に応じて拡大・縮小・撤退を判断するという考え方が重要になります。
つまり、削減貢献量は「当社は環境に貢献しています」と示すためだけの数字ではなく、
その事業に投資する理由を説明するための補助線になりつつある。それを示したのが、今回の報告書でした。
以下、私の推測です。
SSBJ形式の開示では、基本的にはガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の枠組みに沿って、気候関連のリスクと機会を説明していくことになります。
そのなかで削減貢献量は、「気候関連の機会」や「戦略」「指標と目標」を補足する情報として使う余地があると考えられます。
考えられる例:
| 開示領域 | 削減貢献量の使い方 |
|---|---|
| 戦略 | 脱炭素移行に伴う成長機会を説明する材料として使う |
| 指標と目標 | 任意の補助指標として、算定方法・前提・比較対象を明示する |
| リスク管理 | 前提が崩れるリスク、過大表示リスク、需要未達リスクを説明する |
| ガバナンス | 算定前提や開示内容を誰が確認しているかを示す |
削減貢献量はScope1・2・3の代替ではありません。
したがって、自社の排出量を削減貢献量で相殺したように見せる書き方は避けるべきですが、上記のような書き方はあり得るものと考えます。
SSBJ基準の対象になる前の企業でも、統合報告書やサステナビリティレポートの中で、削減貢献量を活用することはできます。
むしろ、統合報告書では、削減貢献量を比較的使いやすい場面があるように思います。
なぜなら、統合報告書は単に制度開示項目を並べる冊子ではなく、企業の価値創造ストーリー、事業ポートフォリオ、成長投資、資本配分をつなげて説明する媒体だからです。
考えられる例:
| 掲載箇所 | 使い方 |
|---|---|
| 価値創造ストーリー | 当社の製品・サービスが社会課題の解決にどうつながるかを示す |
| 事業戦略 | 脱炭素市場における成長領域を説明する |
| 研究開発・設備投資 | なぜその領域に投資するのかを補強する |
| CFOメッセージ | 資本配分、投資回収、ROICとの関係を説明する |
| サステナビリティ戦略 | 自社排出削減と社会全体への貢献を分けて整理する |
重要なのは、削減貢献量を「よい数字」として単独で置かないことです。
統合報告書であれば、削減貢献量は、事業戦略や資本配分の説明と結びつけて初めて力を持ちます。サステナビリティレポートであれば、算定方法や前提条件を丁寧に示すことが求められます。有価証券報告書やSSBJ形式の開示に近づける場合には、Scope1・2・3とは明確に区別し、任意の補助情報として扱う慎重さが必要です。
とはいえ。
しかし、企業が脱炭素移行の中でどのように成長機会を捉えているのかを説明するうえでは、今後ますます重要な補助線になっていくと考えられます。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。