2026年5月、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)をめぐる動きとして、少し大きなニュースがありました。
ISSB基準を採用、利用、または採用を表明している国・地域が42に広がり、あわせて、ISSB基準を各国制度のなかで「パスポート」のように使えるようにする取り組みが進められている、というものです。
注目されるのは、中国がこの「ISSB passporting(パスポーティング)」の議論に加わったことです。
一見すると、またひとつ国際基準をめぐる制度調整が進んだ、という話に見えるかもしれません。ですが、この動きは、サステナビリティ開示の性格が少し変わり始めていることを示しているように思います。
※以下、出典はIFRSホームページ「Emmanuel Faber’s speech at the 2026 Beijing International Sustainability Conference」(2026年5月11日)
ISSBパスポートとは、簡単にいえば、ISSB基準に基づく開示を、国境を越えて使いやすくするための考え方です。
たとえば、ある国で事業を行う外国企業や、海外に子会社を持つ企業が、それぞれの国の開示制度に個別に対応しようとすると、似たような情報を何度も作成したり、少しずつ違う形式に置き換えたりする必要が出てきます。
そこで、ISSB基準に沿った開示を、各国制度でも一定程度受け入れられるようにすれば、企業側の負担を減らしつつ、投資家にとっても比較しやすい情報を得やすくなります。
つまり、ISSB基準を「各国が参考にする基準」にとどめず、国境を越えて通用する開示の共通言語にしていこう、という取り組みです。
ISSB議長のEmmanuel Faber氏は、2026年5月に北京で行われた国際会議で、ISSB基準を採用、利用、または採用表明している法域が42に達したと説明しました。
この「42」という数字は、単なる加盟国数というより、ISSB基準を何らかの形で制度や市場実務に取り込もうとしている国・地域の広がりを示すものです。
ISSB基準は、2023年にIFRS S1(サステナビリティ関連財務情報の全般的開示要求事項)とIFRS S2(気候関連開示)として公表されました。そこから各国が、自国の制度にどのように取り込むかを検討してきました。
日本でも、SSBJ基準はISSB基準をベースに整備されています。したがって、ISSBの動きは海外の話にとどまらず、日本企業の今後の開示実務にも直結します。
今回のニュースで特に重要なのは、中国がISSB passportingの議論に加わった点です。
中国はすでに、企業サステナビリティ開示基準の整備を進めており、気候関連開示についても、ISSB基準との整合性を意識した制度設計が進んでいます。
もちろん、中国がISSB基準をそのまま全面採用する、という意味ではありません。中国には中国の政策目的や制度設計があります。したがって、実際には、ISSBに近い共通部分を持ちながら、中国独自の要求も残る形になると考えられます。
それでも、中国がこの議論に入る意味は大きいと思います。
ISSBが、欧米や英語圏の投資家向け基準にとどまらず、中国を含む国際的な資本市場の共通基盤になり得ることを示すからです。
日本企業にとって、この動きは「SSBJ基準に対応すればよい」という話だけでは済まなくなる可能性があります。
今後、ISSB基準をベースとする開示情報は、国内の有価証券報告書だけでなく、海外投資家との対話、海外子会社の報告、サプライチェーン上の取引先対応などにも使われていく可能性があります。
特に、中国事業や中国サプライチェーンを持つ企業にとっては、ISSBと中国基準の共通部分、そして差分をどう管理するかが実務上の論点になるかもしれません。
これは、開示担当者にとっては負担増に見える面もあります。しかし一方で、早い段階からISSBベースで情報を整理しておけば、複数の制度対応に使い回せる可能性も高まります。
今回の動きから見えてくるのは、サステナビリティ開示が、個別の報告書を作る作業から、国境を越えて使える情報基盤を整える作業へと移りつつある、ということです。
ISSBパスポートは、まだ完成した制度ではありません。各国でどの程度受け入れられるのか、独自要件との差分がどこまで残るのかは、今後の検討を待つ必要があります。
それでも、ISSB基準が「通行証」のように使われる方向に進んでいることは、サステナビリティ実務者さまにとっては押さえておきたい変化だと思います。
サステナビリティ開示は、もはや国内制度への対応だけではありません。海外投資家、海外子会社、取引先、そして各国規制当局とのあいだで、同じ情報をどう通用させるか。
その観点から、ISSBとSSBJの対応状況を見ていくことが、今後ますます重要になりそうです。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。