2026年3月15日、世界経済フォーラム(WEF)のサイトに、CWEF職員のEmma Prouteau氏による “If consumers care about sustainability, why are sustainable choices still hard?” が掲載されました*1。
この記事が扱っているのは、いまや多くの企業が直面している、ある厄介な現実です。
消費者はサステナビリティに関心を持っている。
調査では、より持続可能な商品に追加費用を払ってもよいと答える人も少なくない。
にもかかわらず、実際の購買行動では、従来型の商品がなお優勢であり続ける。
Prouteau氏はこのギャップを、
単なる意識不足ではなく、市場のつくりそのものの問題として捉えています。
WEF記から得られる重要な発見は、サステナブル消費の拡大を妨げているのは、消費者の善意の不足ではない、という点にあると考えます。
記事は、いわゆる intention-action gap、つまり「そうしたいと思っていること」と「実際の行動」のずれを、価格、利便性、社会規範、リスク認知といった要因で説明しています。
高価格は目に見えやすく、便益は遠く抽象的に見えやすい。
加えて、棚割り、販促、既定値、ラベルの分かりやすさといった小さな設計の差が、選択に大きく影響します。
もう一つ大きいのは、信頼の問題です。
記事は、サステナビリティ表示や認証の信頼性、比較可能性に疑問があれば、消費者は結局、見慣れた商品に戻ると述べています。
その文脈で、2026年の World Consumer Rights Day のテーマ “Safe Products, Confident Consumers” を引きながら、強い消費者保護、信頼できる基準、実効的な執行が必要だと整理しています。
要するに。
「サステナブルな選択を広げるには、「もっと意識を高めよう」では足りない。見える化、比較可能性、信頼できるルール、そして市場の後押しが要る」が、Prouteau氏の見解です。
この見方は、サステナビリティ情報開示や環境表示を考えるうえでも示唆的です。
企業が「良いことをしています」と語るだけでは市場は動かない。
消費者や需要家が、その価値を見分けられ、比較でき、信じられることが必要になる。
WEF記事は、その前提条件を、消費者教育ではなく市場設計の問題として明確に置き直しています。
この論点、実は日本がその一部を先取りしています。
経済産業省のGXリーグ(2026年4月1日付で「GXフューチャー・リーグ」に刷新)の関連資料を見ると、かなり近い問題意識がすでに共有されているのです。
GXリーグは、GX実現の鍵として需要創出を位置づけ、個社の努力だけでは難しいルール形成等に一体的に取り組む場としています。
資料には、サプライチェーン全体での削減を牽引する取組として、カーボンフットプリント表示等も例示されています。
特に重要なのは、GXリーグ資料が、
GX製品・サービスについて「従来品と機能が変わらない場合も多く」、GX投資によって上乗せされたプレミアムが需要家に受け入れられる環境が整っていないため、自立的な市場の創出や需要拡大は難しい
と率直に書いている点ではないでしょうか。
これは、WEF記事が指摘した「関心はあっても選ばれにくい」という構図の、脱炭素版の言い換えだからです。
そのうえで資料は、GX製品・サービスのGX価値を需要家が明確に判断できる表示ルールの整備が必要だとしています。
さらに、自ら積極的にGX製品を調達した企業が客観的に評価される仕組みも重要だと明記しています。
つまり日本では、単に「環境に良いものを選びましょう」と呼びかけるのではなく、価値の見える化、評価の仕組み、選ぶ側への報いをどう設計するかが論点になっているのです。
加えてGXリーグ資料は、需要創出にはBtoBでの調達と最終消費者の選択の双方が不可欠であり、中・下流企業の役割が重要だとしています。
政府が市場創出と需要拡大を促し、大企業が中小企業と連携・協働しながら、サプライチェーンを通じてGX価値を最終消費者まで届ける仕組みを構築することが重要だという整理です。
ここでも、「消費者だけを変える」のではなく、供給側、調達側、流通側、評価側を含めて市場全体を設計し直す発想が見て取れます。
さらに、次期GXリーグの方向性としては、GX需要創出に向けたルール形成の枠組みを継続し、企業を起点としたボトムアップ型の課題解決を進めること、GX製品・サービスの調達・販売やサプライチェーンでの排出削減を通じた競争力強化に軸足を移すことが示されています。
企業のGX需要創出の取組について、優れた取組を行う企業を公表する仕組みを設け、GX予算による支援も需要創出への貢献度合いに応じてインセンティブを付与するとしている点も注目です。
参画要件の例を見ても、その方向は明確です。
GX製品・サービスの需要創出として、積極的な調達・販売、調達アライアンスへの参画、CFP算定、Scope3算定や削減計画、排出量情報の開示、第三者認証といった項目が並びます。
ここでは、環境価値の主張を単なるメッセージにとどめず、算定、開示、認証、調達行動に接続する枠組みが志向されているのです。
日本ではGXリーグが、WEFのいう「サステナブルな選択を個人の善意任せにせず、市場設計・表示・評価・インセンティブで後押しする」という考え方を、脱炭素版としてかなり具体的に制度化しようとしていると見てよいでしょう。
特に、表示ルール整備、需要創出、調達側の評価、サプライチェーン連携というキーワードは、かなりきれいに対応しています。
ただし、留保もあります。
GXリーグ資料は、現時点ではなお、何を見える化し、どう比較可能にし、どの表示を標準化するのかについては方向性提示の段階にとどまっています。
WEF記事が強調した「信頼できる基準」と「安心して選べる市場」が本当に立ち上がるかどうかは、今後の制度設計と運用にかかっています。
ランキングや表示が増えること自体が目的ではありません。需要家や消費者が、迷わず、疑わず、選びやすくなることまで届いてはじめて、市場設計は効いたと言えます。
サステナブル消費を広げるうえでいま、必要なのは、消費者の良心に期待することではありません。
「良い選択をしたい人」が、ちゃんと選べる市場をつくること——WEFの問題提起とGXリーグの動きは、そのことをそれぞれ別の言葉で示しています。
ーーー
今週もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 同記事には、見解は著者個人のものでありWEFの見解ではない旨の注記あり
経済産業省「GXリーグにおけるサプライチェーンでの取組のあり方に関する研究会」第5回事務局資料(2025年12月)およびとりまとめ(2025年12月12日)
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。