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この記事の3つのポイント
サステナビリティの仕事をしていると、よく「水問題」という言葉を耳にします。
水不足、地下水、流域管理、水ストレス。
企業のサステナビリティレポートを開けば、水に関するページは必ずと言っていいほど存在します。
ところが、少し不思議なことに…
水の話はたくさんあるのに、海の話はほとんど出てこないのです。
もちろん、まったく触れられていないわけではありません。
海洋プラスチックや水産資源の話題は、ときどき登場します。
しかし、水問題の議論の中心に「海」が置かれているケースは、これまで多くありませんでした。
これって、なぜでしょうか。
理由のひとつは、海に対する歴史的な認識にあります。
長い間、人間は海を「無尽蔵で、境界のない空間」として捉えてきました。
どれだけ汚しても、どれだけ使い尽くしても、海はそれを自ら浄化できる——。
そういった思い込みが、文化的にも政治的にも長い時間をかけて定着してきたのです。
この認識は現代にも影を落としています。
もうひとつの理由は、意識の問題だけでなく、制度の問題です。
初期のサステナビリティ開示フレームワーク——たとえばGRIの水関連基準やCDPのウォーターセキュリティのガイダンスは、主に陸上の淡水資源に焦点を当てて設計されていました。
指標の中心は、工場の取水量、排出量、そして水ストレス地域でのリスク。
いずれも、企業の事業拠点に近い場所で起きることです。
そのため企業は長い間、
「バリューチェーンの下流で排水が海にどう影響しているか」
「製品の廃棄物が海洋生態系に何をもたらしているか」
といった問いを、制度的に除外することが認められていました。
「データがない」「事業との関連性が低い」。
そう判断すれば、合理的な理由として受け入れられる時代が続いていたのです。
これは企業の怠慢というより、
フレームワーク自体が「陸の問題」として水を定義していたことの帰結でした。
担当者様が海を見てこなかったとすれば、その一因は制度の設計にあったとも言えます。
さらに見落とされがちなのは、
海には「管理する主体がいない空間」が長らく存在していたという事実です。
地球の海の半分近くを占める「公海」——すなわち国家の管轄権が及ばない区域——には、単一の規制主体がありませんでした。
森林であれば、国や地域の法律があります。
大気であれば、国際条約の枠組みがあります。
しかし公海は違いました。
企業活動を制約し、監視するための明確な法的枠組みが長らく欠如していたのです。
機関投資家にとっても、法規制がなければ資本を投下するための前提が整いません。
「法的に管理できない空間」は、財務報告の枠組みからも自然と外れていきました。
海が「企業から遠い問題」であり続けた背景には、こうした制度的な空白もあったのです。
ここまで見てきた理由を整理すると、海が長年看過されてきた背景には、三つの層が重なっていたことがわかります。
一つ目は、文化的な思い込み。
「海は自己浄化できる広大な空間だ」という歴史的な幻想。
二つ目は、制度の設計。
水問題が陸の淡水資源中心に定義されていたことで、海洋インパクトを除外することが正当化されてきた。
三つ目は、法的な空白。
公海に規制の主体がなかったことで、海は財務リスクとして可視化されにくかった。
これらは、どれかひとつが原因というわけではありません。
三つが重なることで、「海は後回し」という状況が長い時間をかけて定着してきたと私は認識しています。
ただ、上記の前提のいくつかは、
ここ数年で急速に変わり始めています。
制度が変わっています。
法的な枠組みが整いつつあります。
測定の技術も進んでいます。
その具体的な動きについては、次回以降で詳しく見ていきます。
ただ今回は、ひとつだけ問いを残しておきたいと思います。
御社では、マテリアリティ評価において、「海」を正面から検討されたことがありましたか?
もし「後回しにしてきた」と感じるなら、その背景はどの層にあるでしょうか。
文化的な思い込みか、制度の設計か、それとも測定手段の不足か。
その問いを持つことが、海というテーマへの最初の一歩かもしれません。
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次回は「海は自然ではなくインフラだった」という視点から、企業活動と海の意外な関係を整理します。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。