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「残すこと」と「保たせること」──木質化時代の公共建築に必要なもう一つの視点

サステナ開示をめぐる動向 / ニュース / 資源循環

この記事の3つのポイント

  • 木材活用は重要だが、維持戦略まで含めて設計されてこそ持続可能と言える
  • 素材の優劣ではなく、「場所」と「時間」に応じた使い分けが鍵になる
  • サステナビリティは”導入”ではなく”更新可能性”で評価される時代へ

 

本記事は、2025年9月17日付ブログ記事『半年で壊す建築には本当に意味がないのか――大屋根リングが語りかける「形なきレガシー」の価値』の続編です。未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。

 

「形なきレガシー」のその先へ

昨年、私は大阪・関西万博の大屋根リングをめぐる議論から、「形なきレガシー」という視点でブログ記事を書きました*1

建築は、物質として残るだけではない。体験や思想としても社会に残る——あの記事のなかで私が注目したのは、大屋根リングが「半年で壊す前提」だったからこそ、木材の再利用という循環の思想が設計の中に織り込まれていたことでした。

壊すことが前提だからこそ、循環が生まれる──その逆説に、新しい時代のレガシーのかたちを見たのです。

 

そして今回、もう一つの問いに出会いました。

それは──「残す建築」のほうが、実はサステナビリティの設計が難しいのではないか、という問いです。

 

馬頭広重美術館の改修が示したもの

栃木県那珂川町の馬頭広重美術館が、約8か月の改修を経て再開したというニュースが報じられました*2

 

2000年開館。

建築家・隈研吾氏の設計で、不燃処理を施した地元の杉材ルーバーが建物を覆う、国立競技場にも通じる彼の代表的な仕事の一つです。

 

しかし、開館から約25年。屋根を中心にルーバーの腐食が進み、一部は崩れ落ちていました。

25年──。鉄筋コンクリート造の公共建築であれば、最初の大規模修繕がようやく視野に入る時期です。
建物の躯体はまだまだ使えるのに、その「顔」であるはずの木材が先に限界を迎えた。

 

当初は木製ルーバーの付け替えも検討されたものの、耐用年数の短さと費用の高さから、屋根部分は木目調の特殊加工を施したアルミ製に変更されました。改修費用は約2億4,800万円とのこと*2

 

この出来事をどう受け止めるべきでしょうか。

 

木材が悪いのでしょうか。
アルミが優れているのでしょうか。

私は、そうした二項対立ではないと感じました。

 

むしろこれは、素材の思想と、維持の現実が出会った瞬間ではないかと思うのです。

 

木質化ブームの、その次のフェーズ

2010年の公共建築物等木材利用促進法以降、日本では公共施設の木質化が進みました。
地域材活用、林業振興、CO₂固定、心理的な温もり──どれも重要で、否定されるものではありません。

しかし、ここで問いたいのは、30年後の姿まで設計されているでしょうか、ということです。

 

木材は再生可能資源ですが、屋根のように風雨にさらされる部位では、定期的な塗装や補修が不可欠です。馬頭広重美術館の場合、開館時にも不燃処理という工学的な手当てはなされていました。しかし、屋外暴露による経年劣化に対しては、それだけでは十分ではなかった。「素材の性能」ではなく、「素材×環境条件×時間」の掛け合わせで見なければならなかったのです。

 

持続可能性は、「自然素材を使った」という初期選択だけでは完結しません。

維持、更新、改修。その時間軸を含めて、初めて”持続”になります。

 

適材適所という思想

今回の改修では、外壁は杉を継続し、屋根はアルミへ刷新するという使い分けがなされました*2

ここに、成熟した判断を感じます。

触れる距離にある木。雨にさらされ続ける屋根。同じ建物でも、環境条件は異なります。

 

サステナビリティは、「木か金属か」「自然か人工か」という対立ではなく、その場所に、その時間軸に、ふさわしい素材は何かを問い続ける設計思想ではないでしょうか。

 

企業開示への示唆

これは建築の話に見えて、実は企業のサステナビリティ戦略と重なります。

再エネ導入、バイオマス利用、環境配慮素材──導入時は評価されます。

しかし、維持・更新・耐用年数・総コストまで説明できているでしょうか。ライフサイクルコストや移行計画の視点を含めて、施策の持続可能性を語れているでしょうか。

ESG評価の視点も、徐々に「導入率」から「運用の持続可能性」へと移りつつあります。

初期投資ではなく、長期的な維持設計。この視点がなければ、サステナビリティは一過性の施策になりかねません。

 

レガシーに「耐久」という軸を足す

昨年は、「形なきレガシー」を書きました*1
壊すことを前提にしたからこそ循環が生まれる──その逆説に希望を見た記事でした。

 

今回、馬頭広重美術館の改修を通じて気づいたのは、その裏側にある、もう一つの逆説です。

残す前提の建築のほうが、実は維持設計が問われる。

壊す建築には「出口」がある。
だから循環が設計に織り込まれる。

しかし、残す建築には終わりがない。
終わりがないからこそ、素材の劣化、費用の積み上がり、技術の変化といった現実と、何十年にもわたって向き合い続けなければならない。

 

レガシーは、体験、記憶、思想だけでなく、点検、修繕、更新という地道な営みによって支えられます。

理想と現実の対立ではなく、理想を保たせ続けるための工夫。

 

馬頭広重美術館の改修は、25年という時間をかけて、その成熟のプロセスを私たちに見せてくれたように思います。

 

最後に

サステナビリティ担当者さまにとって、「何を導入するか」はもちろん重要です。

ですがこれからは、何年先まで設計しているかが問われる時代だと思います。

貴社の施策は、”残す”だけでなく、”保たせる”設計になっているでしょうか。

 

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。

執筆担当:川上 佳子

 

 

〔後記〕
改めて驚くのは、これだけ繊細なルーバーの全面改修が約8か月で完了していることです。

公共施設の大規模な外装改修は、足場の設置から撤去・下地処理・取り付けまで含めると1年以上を要することも珍しくありません。
この短工期の背景には、工場でミリ単位の精度で加工し木目処理まで済ませた状態で現場に届けられる、アルミ建材ならではの工業製品としての強みがあったのではないかと感じます。

2月28日の再開は春の観光シーズンに間に合わせる形でもあり、「休館期間を最短に」という町の意志と、それを可能にした建材技術・施工力の双方があってこそ実現したのでしょう。


*1 2025年9月17日付当ブログ記事『半年で壊す建築には本当に意味がないのか――大屋根リングが語りかける「形なきレガシー」の価値

*2  読売新聞オンライン「木材の腐食進んだ隈研吾氏設計の美術館、付け替えは耐用年数短く高額で断念…『木目調加工』アルミに刷新」(2026年3月1日)

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