TNFD / サステナ開示をめぐる動向 / 気候変動
この記事の3つのポイント
TNFD開示の事例が蓄積し、グッドプラクティスと呼ばれる開示の型も、少しずつ共有されはじめています。
ですが、実際の開示事例を拝見すると、現状では多くの企業様がまだ、同じところでつまずいておられるのではという気がします。
それは、LocateからEvaluateへと移る部分です。
LEAPアプローチは、Locateから始めよ、と言います。
どこに拠点があり、どの保護地域と重なり、どの流域に位置しているのか——この「Locate」の整理は、開示事例でも比較的よく見かけます。
手法としては、ENCOREなどのツールを用い、全事業をヒートマップで俯瞰する。
ここまでは、手順として比較的共通化しやすく、取りかかりやすい工程です。
問題は、その先です。
ENCOREは産業・活動の切り口で、依存やインパクトの論点を整理するツールです。
その性格上、同じ産業分類では“論点の並び”が似通いやすく、差が出るのはその先——自社固有の依存の置き方や、優先順位づけ——になりやすいのだと思います。
ということは、差が出るのはその先――「自社は何に依存しているのか」——をEvaluateする部分なのですが、この問いは、重さ(問いの質)が違いすぎるため、回答のハードルが格段に上がってしまうのです。
TCFDで語られてきた脆弱性は、多くの場合、外からやってくるリスクでした。
洪水、猛暑、炭素価格、規制強化——そこでは、企業は「影響を受ける側」として自らを語ることができます。ショックにどう備えるか、という構図です。
ですが、TNFDは違います。
自然への依存を認めるということは、自社のビジネスモデルが安定した生態系があってこそ成り立っていると認めることでもあります。
この水がなければ製造は止まる。
この土壌が劣化すれば原料は枯渇する。
これらは単なるリスクではなく「自社の存在条件」です。
ですから、「それを書くのは自社の弱みをさらすことではないか」と感じるのも自然なことです。
ですが、本稿でお示ししたい結論を先に言うならば、TNFDが求めているのは弱点の告白ではなく、絞り込みの透明性です。
どこを深く見たか。
なぜそこを選んだか。
その判断プロセスの開示が、信頼性の源泉になります。
ENCOREで全事業をスクリーニングし、ヒートマップを作る。ここまでは多くの企業が同じです。
問題はその後です。
「では、どこを深く見るのか」。
実際の開示を丁寧に読むと、次のような基準が混在していることが少なくありません。
- 水ストレスが高いから選んだ
- 投下資本が大きいから重要とした
- 売上規模が大きいから代表とした
- 機会創出につながるから深掘りした
- すでに取り組み実績があるからモデルケースにした
いずれも合理的です。
ですが問題は、その優先順位や重み付けが示されていないことにあります。
よく見られるのは、リスクが顕在化している拠点と、ポジティブな成果を示せる拠点が、同じ分析フレームに並んでいるケース。
これは読者から見ると、「なぜこれが選ばれ、あれが選ばれなかったのか」が分かりません。
もちろん、社内では真剣な議論がなされているものと思います。
ですが、その議論のプロセス自体は開示の中で簡略化されていることが多いので、わからないのです。
たとえば、「リスクが高いから選んだ拠点」と「成果を示せるから選んだ拠点」を、リスク軸と機会軸に分けて整理するだけでも、読者から見た透明性は変わってきます。
この点は次回(第2回)にて、具体的な実践として掘り下げます。
2025年6月には環境省が「環境課題の統合的取組と情報開示に係る手引き」を発行し、環境分野における統合開示が本格化してきました。
統合開示をめぐる議論は、特定の業種の成功例として語られがちです。
ですが、統合の必要性は業種固有の話ではありません。
その背景には、法定開示の設計要件として「統合」が求められるようになってきた、という構造的な変化があります。
【基礎知識】
開示の基本構造を確認しておきます。
現在、多くの企業がTCFDに基づく気候関連リスク開示と、TNFDに基づく自然関連リスク開示を、それぞれ別のレポートや章として作成しています。
しかしこの「分断」は、現実のリスク構造と合致していません。
そして今は、SSBJが開示項目間の「つながりが理解できる開示」を求め、環境省手引きもTCFD/TNFD統合を主要な対象としている以上、制度の側からも「分断のままでは説明が難しい」方向に寄ってきています。
たとえば「水不足」は、気候変動による降水パターンの変化(TCFDのリスク)であると同時に、過剰取水や流域の生態系劣化(TNFDのリスク)でもある。原因が重なり、影響も重なる。それを別々の資料に書いた場合、どちらを読んでも「全体像」は見えません。
この問題に、制度が正面から応えようとしているのが、2025年3月に確定したSSBJ基準です。
SSBJの適用基準(第29項〜第31項)では、サステナビリティ関連のリスク・機会間、ならびに開示項目間の「つながりが理解できる開示」が求められています*1。言い換えれば、「気候と自然のリスクが、自社においてどのように連鎖しているか」を読者が理解できる形で示すことが、法定開示の要件になるということです。
金融審議会の「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG」報告(概要)では、SSBJ基準の適用開始時期について、2027年3月期(時価総額3兆円以上)を皮切りに段階適用する方針が示されています。なお、適用判断の基準となる時価総額は、対象事業年度の前事業年度末から遡る過去5事業年度末の時価総額の平均値を用いるとされています*2。
なお、環境省「環境課題の統合的取組と情報開示に係る手引き」(2025年6月)においても、p.2「本手引きで対象とする開示フレームワーク」で次のように書いています。
■複数の環境課題の同時解決を将来像においた第一歩として、フレームワークの類似点が多く、国内においても取組が進んでいるTCFD(気候変動)とTNFD(自然資本)に基づいた取組・開示を主な統合の対象として扱っております*3。
■任意媒体(有価証券報告書などの法定開示書類を除く)での開示を想定していますが、ISSBやSSBJ基準も考慮しており、将来的な法定開示での開示実務にもつながっていくと考えております。
注意が必要なのは、「5,000億円未満だから当面関係ない」とは言い切れないという点です。
5,000億円未満の企業への適用については、開示状況や投資家のニーズ等を踏まえて今後検討とされており、適用除外が決まったわけではありません。
また、義務化の対象外であっても、サプライチェーンを通じた投資家・取引先からの要請という形で、実質的に同水準の開示が求められる可能性が高まっています。「うちはまだ先」という判断が、気づけば「準備が間に合わない」に変わるリスクがあるのです。
つまり、TCFD・TNFDの統合開示は「上級者のオプション」ではなく、法定開示に耐える設計を考えるすべての企業にとって、避けて通れない実務になりつつあります。
絞り込みは必然であり、問われるのは”どう絞ったか”。
これは食品飲料に限った話ではありません。
では、「絞り込みの透明性」を実際の開示に実装するとはどういうことなのでしょうか。
次回は、この問いを別の角度から照らします。
食品飲料とはまったく異なる事業構造を持つ企業の事例も交えつつ、「ENCOREの先」という課題にどう向き合うか——その設計思想から、業種を問わず使える「問いの翻訳」という考え方を取り上げます。
そのうえで、サントリーHDさんとキリンHDさん、両者の統合開示が「選定ロジックの透明性」においてどう機能しているかを読み解き、明日から使える実践に落とし込んでみたいと思います。
それでは、また、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 SSBJの適用基準では、「つながりのある情報」(関連項目間/サステナ開示内/サステナ開示と財務報告の情報)の開示が求められる(適用基準第29項〜第31項)。また、IFRS S1でもConnected informationとして同趣旨の要求がある。
*2 金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG」報告(概要)において、SSBJ基準の段階適用(2027年3月期:3兆円以上、2028年3月期:1兆円以上、2029年3月期:5,000億円以上)が示されている。また、時価総額は「前期末から遡って過去5事業年度末の平均」で算定し、5,000億円未満については「今後検討」とされている(2025年12月22日)。
*3 以下、環境省資料より
TCFD/TNFDのフレームワークを主な対象として循環経済など、他の環境課題についても視野に入れる。今後、循環経済の開示フレームワークの整備が進展した場合には、気候・自然と開示を統合する可能性についても検討していく。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。