今日は三連休明けですので、少し軽めの話題でスタートいたしましょう。
冒頭のおかたい「3つのポイント」も本日は省略。
でも、読み終わるころには「これ、仕事にも直結する話だ」と感じていただける内容を目指します。
さて。
職場の若手と話が噛み合わない、何を考えているのかわからない——そう感じているビジネスパーソンは少なくありません。
研修や書籍で「Z世代の特徴」を学んでも、どこか腑に落ちないまま終わることって、ありませんか?
その違和感の正体は、彼らの「消費と自己表現の論理」がまるごと違うことにあります。
そしてその論理は、頭で理解するより、体験した方がずっと早いように思います。
品川駅や東京駅など、新幹線も停車するターミナル駅の構内には、いまや、ガチャコーナーが堂々と展開されています。
そこで、若い世代に人気のCANMAKEのガチャを使う人を見ていると、興味深いことがわかります。
彼女たちは「自分がすでに持っているものが出ますように」と祈りながら回すんですね。
自分がすでに愛用している口紅やアイシャドウ、チークの精巧なミニチュアを、「外側に置いて愛でたい」。
自分のぬいぐるみに、自分と同じコスメのミニチュアを持たせたい。
つまり、「自分」というギャラリーに、自分の選択の証を飾るためにガチャを回しているのです。
・・・これは、調査データから得た話ではありません。
自分の娘の行動を見て、話を聞いて、初めて腑に落ちたことです。
親である私の目には「プチプラコスメ」に映るCANMAKEが、娘にとってはアイデンティティの一部であり、ガチャはその証を手元に置くための行為だったと知って、正直、驚きました。
CANMAKEが好き、
でも別ブランドのアイシャドウも好き、
推しのグッズも好き
——それらを「自分」という軸で並べて初めて意味が生まれる。
ブランドの世界観より、自分の世界観が上位にある。
彼女たちにとってブランドは主語ではなく「素材」なのだなあ、と気が付きました。
実はこれ、職場にもそのまま当てはまるように思います。
「まずうちの会社の文化を理解して、染まってほしい」
「先輩のやり方をまず覚えてから自分流にしろ」
——新人教育におけるこうした発想は、会社や上司が「正解の世界観」を持っていて、若手はそこに入場するものだという前提があります。
ですが、キュレーターとして育った世代には、その前提がそもそも届かないのではないでしょうか。
彼らが、
世界観を「受け入れる」のではなく、
自分の世界観の素材として「使えるかどうか」で、会社も上司も判断されているのだとしたら——。
ここでもうひとつ、最近の流行についてお話しましょう。
最近、ボンボンドロップシールが若い世代に広がっていることはご存知でしょうか。
(ご参考記事)
日経電子版『「ボンボンドロップシール」大人も殺到 ロフト休売、高額転売も横行』(2026年2月8日)
面白いのは、自分が使っている化粧品のパッケージなどを加工してシールにし、シール帳に貼るということも流行っている(らしい)ことです。
しかもそのシールを貼るのに、わざわざ「剥がすことが前提の専用糊」を買ってきて使うのだそうで。
これは、インスタグラムとは別物だと思います。
決定的に違うのは、視線の方向ですよね。
インスタグラムは外側に向かって開かれたメディアです。
どう見られるかが設計に組み込まれた時点で、それはキュレーションではなくプレゼンテーションになります。
ですが、シール帳は内側を向いているように思います。
誰かに見せるために作るというよりも、
手を使って貼って、剥がして、並べ替える。
自分のアイデンティティとの対話という側面が強いのではないでしょうか。
このように考えると、
インスタグラムは「私はこういう人間です」という表明で、
シール帳は「私はこういう人間だ」という確認。
SNSへのカウンターカルチャーという側面もありそうです。
そして剥がせる糊を使うのは、展示が「完成しない」からではないでしょうか。
自分が変われば並べ替える。
アイデンティティは常に編集中だから、固定する必要がない。
ここで、最近はやりのアイシャドウを加えて考えると、もうひとつ重要なことが見えてきます。
アットコスメで2025年ベストコスメアイテム賞を受賞したKATEの「ポッピングシルエットシャドウ」を見てもわかるとおり、最近のアイシャドウは(正直なところ)違いがわからないほど微妙なニュアンスカラーが多いです。
ですが、消費者はそれでも選ばなければなりません。
大量の選択肢の海を泳ぎ、疲弊し、それでも決断した自分。
シール帳には、そうした選択を肯定するという側面もあるのかもしれません。
「あれだけ悩んで選んだ私、えらい」
メーカーは差別化しようと必死に商品を増やし続けますが、
増やすほど差異が消え、
消費者は疲れ、
疲れた消費者はシール帳で癒されることを求める
——大量生産が生んだ疲労を、大量生産の産物で回復しているループの中に私たちは存在する。
これはZ世代・α世代に限った話ではなく、
情報過多の時代を生きる全員が、程度の差こそあれ同じ状況に置かれている
——そう考えると、若い世代の行動も、なんとなく「理解できる」ものになってくるのではないでしょうか。
ということで、
私からの本日のおすすめは
若手を理解したいなら、まずはシール帳を一冊買って、自分が「貼りたいもの」を集めてみましょう!
です。
何を貼ろうか考えた瞬間に、二つのことが体感できます。
「世界観ごと押しつけてくるブランド」への違和感と、
「自分の断片をただ並べたい」という欲求です。
頭で「若者は自分軸で消費する」と理解するのと、
自分でシール帳を作りながらそれを感じるのとでは、まったく違う理解が生まれます。
これって、DEI研修ではなかなか得られない体験ではないでしょうか。
この消費行動の変化は、実はサステナビリティの文脈と深く交差しています。
剥がせる糊で貼り直す、
ミニチュアを一つ大切に持つ、
体験の断片を手元に残す
——こうした行動は「大量に買って使い捨てる」消費とは構造的に異なります。
次世代の消費者は、意識的にかどうかはともかく、「意味のある所有」へと向かっています。それはサーキュラーエコノミーが目指す方向と、根っこのところでは一致しているのです。
ということは、この変化を理解しないまま「世界観ごと受け入れてもらう」ことを前提にした商品設計やコミュニケーションを続ければ、若い消費者にも若手社員にも届かなくなるだけでなく、大量生産・大量廃棄のループをみずから強化し続けることになってしまいます。
次世代の消費論理を理解することは、エンゲージメントの問題であると同時に、サステナビリティ戦略の問題でもあるように思うのです。
ところで、連休といえば今年のゴールデンウィーク、5月1日に「プラダを着た悪魔2」が日米同時公開されますね。なんと20年ぶりの続編です。
2006年の第1作で、カリスマ編集長ミランダはこう言い放ちました。
「あなたがクローゼットから選んだそのくすんだブルーのセーター。自分で選んだつもりでいる。でも実際は、この部屋にいる私たちが選んだ色を、あなたはただ着ているだけ」
その続編のストーリーが示唆に富んでいます(←現在公開されている範囲ですが)。
雑誌の売り上げ不振に追い詰められたミランダが、今や高級ブランドの幹部となったかつての部下に、広告を出してもらうために頭を下げる——という話なのだとか。
「選ばせてあげる側」だったミランダが、「選んでもらう側」に転落している。
ブランドも、企業も、上司も、自分の世界観を持つキュレーターたちに「選んでもらえるか」が問われる時代になった。その感覚を腹に落とすための第一歩として、シール帳はなかなか良い教材ではないでしょうか。
GW前にぜひ一冊、お手元に。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。