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HINTサステナ情報のヒント

点と点のあいだにあるもの ──透明性と公平性の時代に、人的資本開示を《無限の網》に変える織り目の発想

サステナ開示をめぐる動向 / ナラティブ / 人的資本開示

この記事の3つのポイント

  • 透明性(transparency)と公平性(equity)を徹底する開示の流れは合理的だが、企業固有の「織り目」を抽象化してしまう側面もある
  • 人的資本開示の違和感は能力の問題ではなく、「点を揃える力」が強まる構造そのものに由来している
  • 実は国際基準が求めているのは点の羅列ではなく因果関係の説明であり、そこに「織り目」を再設計する可能性がある

距離を変えること

草間彌生《無限の網(無題)》*1を前にすると、
私はいつも、距離を変えて何度も眺めてみたくなります。

 

近づけば、無数の点の集まりに見える。
少し離れると、点は面になり、うねりが現れる。
さらに離れると、全体のリズムが立ち上がる。

 

どの距離も正しい。
けれど、距離を固定したままでは、作品の全体像は見えない
——そんなところに、強く惹かれます。
(なので、アーティゾン美術館の年パスを買って、暇さえあれば足を運んでしまいます…)

 

点を揃える力

先日、《無限の網(無題)》を鑑賞していたとき、ふと気づきました。

この作品って、今のサステナビリティ開示を考えるヒントになるのではないかと。

 

今のサステナビリティ開示は、「透明性」と「公平性」を強く求める方向に進んでいます。

 

評価の説明可能性を高めること。
同じ条件で企業を横並びに比較できること。

評価機関の手法改訂も、国際基準の統合も、その方向を向いています。

定義を揃え、条件を整え、粒度を合わせる。

これは市場にとって合理的です。
恣意性を減らし、信頼を高めるための重要な前進でもあります。

 

ですが、透明性と公平性を徹底するほど、ある種の前提が強まります。

企業は、同じ枠組みの中で、同じ単位で、測られる存在である。

 

これは、人的資本開示の分野においても例外ではありません。

 

人材育成、エンゲージメント、離職率、多様性指標。
どれも大切な指標です。

でも、定義を揃え、境界を固定し、スコープを明確にした瞬間、
企業ごとの時間の厚みや、関係性の積み重なりは、一度抽象化されてしまいます。

 

そこに違和感やジレンマを感じておられるサステナビリティ担当者さま、多いように思います。

 

二つの距離

私がここで注目したいのは、
この「点を揃える力」が、二つの異なる距離から同時に作用しているということです。

 

ひとつは、「人が成長し、価値を生む」という距離。
日本の人的資本開示は過去3年間、経営戦略と人材戦略の連動を語り、
独自の哲学に根ざした価値創造ストーリーを磨いてきました。

 

もうひとつは、「隠されたリスクがないか」という距離。
欧州を中心に発展してきた開示の系譜は、
比較可能性と網羅性を軸に、監査的な視線で企業を見つめます。
対象は直接雇用の従業員にとどまらず、
バリューチェーンを支えるすべての労働力へと広がりつつあります。

 

どちらの距離も、それ自体は正しいです。
(草間彌生《無限の網(無題)》と同じです)

ですが、この二つの距離が同時に要求されるとき、企業様の現場には違和感が生まれます。

 

構造としての違和感

数字は揃えられる。
比較も可能になる。
投資家にも説明できる。
それでもなお、「自社らしさ」が伝わらない――

それは能力の問題ではなく、
構造の問題であると、私は思います。

 

透明性と公平性は、「点」を揃える力です。
ですが本来、企業の価値は「織り目」に宿るはず。

 

- 育成の思想が経営の意思決定とどこで結びついているか
- 現場の対話が、どのような判断を変えてきたか
- 暗黙知の継承が、なぜ競争優位を支えているのか
- 失敗を許容する文化が、いかにして次の挑戦を生んでいるか

これらは点ではなく、「織り目」のようにあやなす張力のある構造をつくりあげています。

 

ところが、評価のロジックが強まるほど、織り目は「背景説明」へと後退してしまうのです。

 

そこに、
自らのアイデンティティや「らしさ」が分断されたような、
どうしようもない無力感や歯がゆさを感じておられる開示担当者様も多いのではないでしょうか。

 

逆説──基準が求めているもの

ですがここで私はひとつ、皆さまにとって救い(になるかもしれない)逆説をご提示したいと思います。

それは…

実は、

グローバルなサステナビリティ開示基準が求めているのは、実は単なる「点の羅列」ではない

ということです。

 

たとえば、ISSBは点と点の間の因果関係──人材指標の変化が、事業戦略の達成や財務パフォーマンスにどう影響するかという説明──を求めています。

これって、(使う言葉がすごく資本市場っぽいのでなかなか気づかれないのですが)、まさに「織り目」のことを言っています。

 

透明性と公平性の要求は、織り目を破壊するだけの力ではない。
織り目の質を問い直す契機でもある、

それが、私から皆さまにお伝えしたい「逆説」です。

 

まだ始まったばかりの力学

そして、この力学はまだ始まったばかりです。

有価証券報告書の開示様式が変わり、
国際基準の適用が本格化するこれからの数年間で、
点を揃える圧力はさらに強まります。

だからこそ、問われているのは、

この圧力に受け身で対応するのか、
それとも、この圧力を利用して自社の織り目をより強固に設計し直すのか

という選択ではないでしょうか。

 

張力の真ん中で

人的資本開示を担う皆さまは、
いま、この張力の真ん中に立たされています。

横並び比較に耐えうる設計と、
自社固有の織り目を守る設計。

どちらかを選ぶのではなく、
両立させる構造を作らなければならない。

 

それは、単なる開示技術ではありません。

 

企業が、

「測られる存在」になるのか、
「意味を持つ存在」であり続けるのか。

 

その分岐点に、人的資本開示は立っているのかもしれません。

 

 

透明性と公平性を求める傾向は、これからも強まります。

だからこそ問われるのは、織り目を誰が守るのか、です。

 

《無限の網》は、近づいても離れても、成立する。
それは、点が揃っているからではありません。
点の間に走る張力が、どの距離からの視線にも耐えうるからです。

 

人的資本開示、そしてサステナビリティ開示もまた、そうありたい。

そんなことを考えながら、私は今日もこんなブログを書いています。

 

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本日もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、次回のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 アーティゾン美術館の常設展で見ることができます。

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