この記事の3つのポイント
先日、地下鉄の駅構内の自販機を使ったとき、
ふと目に入った大きなキャッチコピー。
「CO2 食べてます!」と書いてあって、思わず立ち止まりました。
刺さることば。
瞬間的に、言いたいことを伝えている。
優れたコピーだと思います。
でも同時に、胸の奥で小さな警報が鳴るのも感じました。
「食べる」という言葉は、
私たちの頭の中で“消える”というイメージを呼び起こします。
つまり、見た瞬間に「(なんとなく)CO2がなくなる」と理解が完了します。
ですが、実際には、この自販機の説明はもう少し繊細です。
(地下鉄の駅構内でスマホを取り出して検索し、じっくり読みました!)
たとえば、庫内にCO2吸収材を搭載して大気中のCO2を吸収すること、そして年間吸収量は「稼働電力由来のCO2排出量に対して最大20%」といった前提が明記されています*1*2。
――つまり、この自販機を置いている企業側は、ちゃんと「条件」を書き、説明責任を果たしています。
ですが…
消費者である私たちは、どうでしょう?
私のように、その場でスマホを取り出して詳細を調べ始める「物好き」はそう多くないと思います。
多くの人は、条件を読む前に、比喩で理解を固定してしまうのではないでしょうか。
これは、サステナビリティの世界ではよく起きることです。
「CO2を食べる」→(頭の中で)“ゼロに近づいた”
「地球にやさしい」→(頭の中で)“環境負荷がほぼない”
「ネットゼロ」→(頭の中で)“排出が実質ゼロ”
こんな理解が生まれます。
「そんなことを言われても、企業が消費者の頭の中や理解度をコントロールできるわけ、ないじゃないか!」
——そう言いたくなるお気持ち、わかります。
ですが、今、多くの法体系・ガイダンスが見ているのは、「平均的/合理的な消費者が、その表示全体から受ける印象」です。
EUの不公正商慣行指令(UCPD)では、平均的消費者(reasonably well-informed and reasonably observant and circumspect)という基準が、EU司法裁判所(CJEU)の判例や欧州委のガイダンスを通じて運用されてきました*3。
米国FTCでも「reasonable consumer」を軸に、表示の“全体印象(net impression)”として誤認を招くかどうかを判断します*4。
そして英国CMA(競争・市場庁)が2021年に公表したグリーンクレーム・コードは、これをさらに実務向けに言い換えます。
「事実として正しくても、全体の見せ方が誤解を生むならミスリーディングになり得る」*5
ここまでくると、論点はこうなります。
企業が責任を持つのは、消費者の“勝手な誤読”そのものではない。
自社の表現が生みうる“合理的な誤解”を放置しないことだ。
「ネットゼロ」は、強い言葉です。
強い言葉は便利です。
そして便利な言葉ほど、“省略”が問題を起こしてしまいがちです。
ネットゼロで省略されがちな論点は、だいたいこの5つです。
この5つが書かれていないと、読む側は“都合のよい形”で補完します。
そして、その補完は「いま、ほぼゼロなんだ」といった方向に寄っていきます。
「ネットゼロ」という表現が危ういのは、
概念のせいというより、表現が“読者の補完”に依存しやすい構造を持っているからだと言えそうです。
「このあたりの話って、去年(2025年)頃から急に厳しくなってない?
——もしもそう感じておられるとしたら、それは、体感としてすごく自然だと思います。
背景には、制度が“準備フェーズ”から“適用・執行フェーズ”に寄り始めたことがあります。
英国ではDMCC Act (Digital Markets, Competition and Consumers Act 2024) により、消費者保護の新たな執行レジームが導入され、2025年4月6日に新レジームが施行しました*5*6。
ポイントは、裁判所ルートの強化に加え、CMAが一定の手続のもとで自ら違反判断・制裁金賦課まで進め得る“直接執行”の枠組みが整備されたことです。上限として「年間の世界売上高の最大10%」級の制裁金が説明されています*7。
なお、環境表示に関しては、2021年に公表されたグリーンクレーム・コードが引き続き実務上の指針として機能しますが、その背後にある執行力が格段に強化されたことが重要です*5*6。
この「当局が動く前提が変わった」だけで、企業の社内チェックは一段厳しくなります。
EUでは、Empowering Consumers Directive(指令 2024/825)が採択され、加盟国の国内法化期限は2026年3月27日、適用開始は2026年9月27日です*8。
つまり2025年は「まだ先」ではなく、“間に合うように言葉を直す年”になっていたのです。
一方で、環境主張の実証・検証に関するより詳細なルールを定めるはずだったEUの「Green Claims Directive」は、2025年6月に協議が停止され、欧州委が提案撤回の意向を示したと報じられました*9。
政治的には、中小企業負担への懸念などが争点化していたことが解説されています*10。
(補足ご説明)
ここ、誤解されがちなのですが――「本丸が消えた=楽になる」ではなく、「どの線で切られるか読めない=保守的に運用せざるを得ない」になりやすいです。
実際、Empowering Consumers Directiveは既に確定しており、オフセットに基づく“カーボンニュートラル”などの主張を不公正商慣行の“ブラックリスト”に追加するなど、踏み込んだ規定を含みます*8。Green Claims Directiveがなくとも、環境主張の規制が“なくなる”わけではないのです。
国内でも、環境省が「環境表示ガイドライン(平成25年3月)」の改定を念頭に検討会を設置し、検討を進めています。
第1回検討会が2025年9月29日、第2回が同年12月9日、第3回が2026年2月3日に開催される旨が公表されています*11 *12 *13。
これも企業の体感を変えます。
「いつか問題になる」ではなく「今、枠が作られている」になるから。
ここまで書いておいて申し上げるのもなんですが…
私は「強い言葉を使うな」と言いたいわけではありません。
むしろ逆で、強い言葉が必要なときも、大いにあります。
強い言葉は、人を動かす。
サステナビリティの実践は、人が動いてこそですから。
ただ、強い言葉ほど“条件も強く”しないといけないのも事実です。
では具体的にどうするか。
原則は、条件を“注釈”ではなく“主語”にすることではないかと考えます。
注釈は読まれないことを前提にしたほうがよいです。
ならば、条件は、最初に目に入る表現の中に埋め込む必要がありますね。
実務で使える観点を5つ挙げます。
「CO2を食べる」→「稼働電力由来CO2の20%を回収する自販機」
比喩を数字に置き換えるだけで、受け手の“補完の余地”が大幅に減ります。
「ネットゼロ」→「Scope 1+2についてネットゼロ(Scope 3は2030年目標で削減中)」
何に対するゼロかを主文に入れます。
「ネットゼロ達成」と現在形で書くと、“今”ゼロであるかのように読めてしまいます。
2050年ネットゼロ目標(現時点の削減率:___%)
のように、目標と現在地を一文に同居させるのはどうでしょうか。
削減・除去・オフセットの比率は、脚注ではなく見出しやリード文に。
削減70%+オフセット30%で構成
と書くだけで、読者の“全部削減なんだ”という補完を防げます。
その一文だけ読んだ人が正しく理解できるか?を確認。
→ もし一文だけでは誤解が生じるなら、それは注釈が足りないのではなく、設計が足りない可能性が高いです。
ーーー
お気づきの方もおられるかもしれませんが、
この5つは、本文で挙げた「ネットゼロに省略されがちな5項目」――対象・範囲・期限・内訳・検証可能性――の裏返しです。
「何が省略されるか」がわかれば、「最初からどこを埋めるか」も決まる。
「CO2を食べる自販機」が気になったのは、技術の是非ではなく、比喩が先にゴールを描いてしまう時代に私たちが入ったことを思い出させたからです。
これは法務チェックリストの話ではなく、“最初の一文”をどう書くかの話です。
言葉が強いほど、設計が問われる。
2025年からの風当たりの正体は、たぶんそこにあるのだと思います。
私が上に挙げた「5つの観点」は、
広告のプロからみれば「使えない」表現ばかりであることは容易に想像がつきます・・・
とはいえ、
法体系・ガイダンスが「平均的/合理的な消費者が、その表示全体から受ける印象」を見ている以上、広告分野だけで完結できない話が増えているのかな、とも思っています。
バランスが難しいところではありますが、
本日のお話がなんらかのご参考となりましたら幸いです。
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本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 アサヒ飲料「CO2を食べる自販機」公式(日本語)
https://www.asahiinryo.co.jp/company/vending_machine/co2/
*2 アサヒグループホールディングス(2023/5/9)CO₂吸収自販機の説明(最大20%相当の記載)
https://www.asahigroup-holdings.com/en/newsroom/detail/20230509-0201.html
*3 欧州委員会「UCPD(2005/29/EC)解釈・適用ガイダンス(Commission Notice)」
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=OJ%3AC%3A2021%3A526%3AFULL
*4 FTC “Policy Statement on Deception”(reasonable consumer/誤認可能性の考え方)
https://www.ftc.gov/system/files/documents/public_statements/410531/831014deceptionstmt.pdf
*5 UK CMA “Making environmental claims on goods and services”(Green Claims Code, 2021)
https://www.gov.uk/government/publications/green-claims-code-making-environmental-claims/environmental-claims-on-goods-and-services
*6 UK政府(CMA)ニュース:新消費者保護レジーム施行(2025/4)
https://www.gov.uk/government/news/cma-to-boost-consumer-and-business-confidence-as-new-consumer-protection-regime-comes-into-force
*7 Baker Botts解説:DMCC下の直接執行/制裁金(世界売上高最大10%)
https://www.bakerbotts.com/thought-leadership/publications/2025/april/new-cma-consumer-protection-comes-into-force
*8 EUR-Lex:Directive (EU) 2024/825(Empowering Consumers Directive)
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2024/825/oj/eng
*9 Reuters(2025/6/23)Green Claims Directive交渉停止・撤回意向の報道
https://www.reuters.com/sustainability/climate-energy/eu-halts-talks-law-tackling-companies-fake-green-claims-2025-06-23/
*10 Latham & Watkins解説:撤回意向と政治的背景(EPPの反対等)
https://www.lw.com/en/insights/european-commission-announces-intention-to-withdraw-eu-green-claims-directive-proposal
*11 環境省:令和7年度 環境表示のあり方に関する検討会(第1回)開催(2025/9/29)
https://www.env.go.jp/press/press_00895.html
*12 環境省:同(第2回)開催(2025/12/9)
https://www.env.go.jp/press/press_01870.html
*13 環境省:同(第3回)開催(2026/2/3)
https://www.env.go.jp/press/press_02554.html
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。