サステナ開示をめぐる動向 / 健康 / 開示基準等
この記事の3つのポイント
本記事は、2026年2月12日付ブログ記事『食品が「新たなタバコ」になる日──UPF規制の本質は財政問題だという話』の続編です。
未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。
前回の記事では、UPF(超加工食品)をめぐる規制の強まりを、「健康志向の高まり」ではなく、各国の財政制約と医療費膨張という構造から読み解きました。
今回は、その”次の段階”に目を向けます。
制度化を加速させているのは、規制当局だけではありません。
投資家、国際基準、そしてNGO。
この三者が、ほぼ同時に「健康」を測定可能な経営リスクとして扱い始めています。
本稿ではまず、投資家側から何が起きているのか、そしてそれが国際開示基準にどう接続されつつあるのかを整理します。
Investor Coalition on Food Policy(ICFP)は、英国のFood Foundationを事務局とする投資家連合です。彼らが2025年末に公表した「2026 Strategic Focus Areas*1」は、投資家の立場から見た食品政策の”実装ロードマップ”とも言える内容でした。
ICFPの戦略は、明確に二つの柱で構成されています。
- 企業の透明性と説明責任の強化
- 投資家にとっての新興リスクと機会の特定
とりわけ重要なのは、前者です。
ICFPは、食品企業に対して「売上に占める健康的な食品の比率(healthiness of sales)」の報告と目標設定を、制度として義務化すべきだと、英国政府に継続的な政策エンゲージメントを行っています。
ここでのポイントは、
「企業の努力を評価する」ではなく、
「比較可能なデータとして制度に組み込む」
という発想に完全に移行している点です。
さらに彼らは、以下のような指標も、健康と持続可能な食事の文脈で結びつけています。
- 果物・野菜の売上比率
- たんぱく質の供給源別売上比率
- スコープ3排出量
ICFPが明確に掲げているもう一つの論点が、健康・食品政策に関するロビイング活動の透明化です。
これは、気候変動分野で進んだ「クライメート・ロビイング」開示を、食品政策にも横展開しようという動きです。
つまり、
「どんな健康方針を掲げているか」だけでなく、
「その裏でどんな政策働きかけをしているのか」
までが、投資家の視野に入ってきています。
次に見ておきたいのが、ISSBによるSASB基準の改訂です。
2025年7月に公表された公開草案では、包括的見直しの対象となった9産業のうち、唯一の非資源産業として「加工食品(Processed Foods)」が含まれました*2。
これは象徴的です。
食品が、資源・鉱業と並ぶレベルで財務マテリアリティが高い産業として位置づけられたことを意味します。
改訂案の核心は、健康を測定可能なKPIに変換した点にあります。
- 栄養プロファイリングモデル(NPM)による分類
- 健康的な食品の売上比率
- それに対する目標設定
「健康的です」と語る余地は、ここではほとんど残されていません。
さらに実務的なのが、表示・マーケティングに関する改訂です。
法令違反や非遵守の説明に加え、それに起因する金銭損失の開示が求められています。
健康を訴求した結果、以下のようなコストが発生した場合、それは開示すべき経営コストになります。
- 規制当局からの制裁
- 訴訟
- 是正コスト
子ども向け広告についても、対象となる管轄や製品の開示が求められています。
UPF規制の議論でも明らかなように、「子ども」領域は制度化が最も速い——SASBは、その方向性を明確に織り込み始めました。
ここまで見てきたICFPとSASB改訂を重ねると、見えてくるのは一つの事実です。
健康は、もはやCSRのテーマではありません。
投資家が比較し、政府が制度に埋め込み、経営KPIとして管理される対象に変わりつつあります。
次回は、この流れにNGOがどう関与し、何が変わるのか、そして実務者はどこに備えるべきかを掘り下げます。
ーーー
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 出典:Investor Coalition on Food Policy「2026 Strategic Focus Areas」(2025年12月、Food Foundation)
*2 出典:ISSB「Proposed Amendments to the SASB Standards」(Exposure Draft SASB/ED/2025/1、2025年7月3日公表、意見募集期限2025年11月30日)。KPMGによる産業別の変更概要分析「Enhancing the SASB Standards
Significant proposals to improve the relevance of industry-based disclosures」(2025年7月)も参照。
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。