この記事の3つのポイント
カルビーが、フリスクなどを扱う海外菓子メーカーの製品を日本で独占販売する*1。
一方で、マイナ保険証への一本化が進み、従来の健康保険証が廃止に向かう。
この二つのニュースを並べて見る人は、あまりいないかもしれません。
ですが、サステナビリティの実務に携わっていると、一見バラバラなニュースの裏側に動いている共通項に気づく瞬間があります。
この二つのニュースに通底しているのも、実は同じ構造です。
それは、財政制約と、膨張する医療費です。
マイナ保険証は、医療DXによるコスト効率化の文脈で語られます。
重複投薬の防止、医療データの一元化、事務コストの削減。
つまり、膨れ上がる医療費を「仕組み」で抑えにいく施策です。
では食品は?
こちらも同じ問いの別の表れです。
医療費の上流、つまり「人が病気になる手前」で介入できないか——そう考えたとき、政策の視線が向かう先が「食」なのです。
この記事では、いまグローバルで起きている食品の健康規制の動きを、その根っこにある財政構造から読み解いてみます。
サステナビリティの開示やIRに携わる方にとって、「なぜこの規制が来るのか」の見通しを持つ一助になりましたら幸いです。
医療費は放っておけば増える方向に進みます。
高齢化、慢性疾患(NCD)の増加、医療技術の高度化。
ここに財政制約が重なると、「医療を頑張る」だけではもう支えきれない局面が出てきます。
そこで政策の重心が移っていくのが「予防」です。
ポイントは、予防が道義的に正しいから推進される、という順番だけではないところにあります。
予防は、財政の言葉に翻訳しやすいのです。
先に抑えれば将来の医療支出が減る。
税や規制で国民の行動を変えられる。
しかも課税すれば税収にもなる。
マイナ保険証が「仕組みの効率化」で医療費を抑えにいくものであるとするなら、食品への健康規制は「行動の上流」で医療費を抑えにいく施策です。
アプローチは違いますが、根っこにある財政の危機感は同じ。
つまり、健康政策が財政政策として立ち上がってきている。
これが、いま多くの国で同時に起きていることの正体です。
では、その予防政策がなぜ、食品領域に集中しやすいのでしょうか。
答えはシンプルで、医療制度の抜本改革に比べて、はるかに「政策実装」がやりやすいからです。
1.課税
砂糖飲料税はすでに多くの国で導入されていますが、WHOは2026年初頭の発信でも、低い税率が砂糖飲料などを手に取りやすい状態にしていることへの問題意識を示し、税制を政策手段として押し出しています*2。
課税は「健康のため」「医療費抑制のため」「財源確保のため」と、複数の政治的正当性を同時に満たせるため、どの国でも浮上しやすい施策です。
2.広告規制——特に子ども向け
EU各国ではHFSS(高脂肪・高塩・高糖)食品の広告規制が政治争点になりつつあります*3。
「子どもを守る」という文脈は政策の正当性が作りやすく、逆に言えば、企業側から見ると最も火がつきやすい領域です。
3.表示とパッケージ
ここは環境ラベルの議論と似た構造で、「消費者が正しく選べるようにする」という大義名分のもとに制度化が進みやすい領域です。
課税、広告規制、表示。この三つの回路がいずれも「食」に向いているという事実は、食品に限らず、消費財を扱う企業のサステナビリティ担当者にとって、見過ごせない構造変化ではないでしょうか。
そして、これらの政策手段を束ねる旗印として急浮上しているのが「UPF(超加工食品)」という概念です。
ここで注目したいのは、UPFが「学術的に完全決着した概念だから」規制される、という順番ではない点です。
むしろ、政策を動かすための対象の切り方として、UPFという括りが「便利になっている」面があります。
産業横断的に対象を定義できる。
子ども政策と接続しやすい。
医療費削減の文脈に乗せやすい。
訴訟や行政の説明責任にも使いやすい。
実際、米国では自治体が大手食品企業をUPFの文脈で提訴するという報道も出てきています*4。
こうなると、UPFはもはや「栄養学の議論」にとどまりません。
法務、レピュテーション、資本市場の言語に入ってきています。
「新たなタバコ」という表現が使われ始めた*5のは、UPFの健康影響がタバコと同等だと主張したいからではなく、制度化のされ方──つまり規制・訴訟・投資家の関心が重なっていくパターンが似てきた、ということです。この区別は、実務上とても重要だと思います。
ここで冒頭のカルビーの話を思い出してみてください。
スナック菓子を主力とする企業が、新たに海外菓子ブランドの販売権を取得する。
それ自体はごく普通の事業判断ですが、いま見てきたような制度環境のなかでは、食品企業のポートフォリオが動くたびに「健康規制の文脈」で読まれる時代に入りつつあります。
これはカルビーに限った話ではありません。
食品・消費財を扱うあらゆる企業が、自社の品揃えや販売チャネルを、UPFや子ども向けマーケティングといった新しいレンズで見られる可能性がある——だからこそ、開示の備えが重要になってくると、私は考えます。
この流れを踏まえたとき、企業のサステナビリティ開示に求められるものも変わってきます。
「健康に配慮しています」「責任あるマーケティングを徹底しています」──こうした言い切りは、一見誠実に見えますが、実はいちばん危うい表現であると言えそうです。
なぜなら、規制当局やNGOが見ているのは「姿勢」や「方針」ではなく、実際の「運用」だからです。
言い切った瞬間に、「では、その運用体制を見せてください」という問いが返ってきかねないため、背伸びした表現は長い目で見ればかえってリスクになります。
もし整備の途上にあるなら、それ自体は問題ではありません。
ただし、「努力しています」ではなく「管理しています」へと言葉を変換する必要があります。
そして、
これらをセットで示すことが、「プロセス開示」の基本形となるでしょう。
UPFをめぐる科学的議論がどう決着しようと、子ども向けマーケティングの領域は先に火がつくでしょう。
ここは規制当局・投資家・市民社会のいずれから見ても「待ったなし」の領域であり、企業が最初に整えるべきは、製品そのものの改良よりも先に、運用設計です。
子ども向けの定義をどう置くのか。
広告や販促のガードレールは何か。
審査とモニタリングの仕組みはあるか。
例外が生じたとき、誰がどう判断するか。
——こうした運用の骨格が弱いと、どれだけ良い商品を出していても、「結局、子どもに売っているではないか」という一点で議論が収束してしまうリスクがあります。
であれば、子ども領域の整備を最優先課題として位置づけることは、レピュテーション上も、将来の規制対応上も、合理的な判断ではないでしょうか。
フリスクの販売権の話とマイナ保険証の話。
片方は食品ビジネスのニュース、もう片方は医療DXのニュース。
でも根っこを辿れば、どちらも「財政制約のなかで、医療費をどう抑えるか」という同じ問いに突き当たります。
UPFをめぐる空気の変化は、いわゆる「健康ブーム」ではありません。
財政制約と医療費の膨張を背景にした、制度化の必然に近いものです。
ですから企業様においても、「健康に寄せたメッセージを掲げるかどうか」ではなく、何を論点として認識しているのか、どこまで運用できているのか、できていないなら何を暫定措置として置き、いつ整えるのかを、淡々と説明する力が問われます。
いま規制当局が見ているのは、「健康に良いことをしているか」ではありません。
「健康に悪い影響を、管理できているか」です。
(そして投資家もこの見方にのってきます)
一見バラバラなニュースの根っこに同じ構造を見つけること
——それが、開示の書き方を一段変えてくれる視点であると同時に、サステナビリティ担当者さまの仕事を一層面白く、興味の尽きないものにしてくれるのではないかと私は考えております。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。
執筆担当:川上 佳子
*1 出典:日経電子版『カルビー、「フリスク」の国内独占販売権取得 クラシエは契約終了』(2026年1月29日)
*2 出典:WHO『Cheaper drinks will see a rise in noncommunicable diseases and injuries』(2026年1月13日)。なお、Reutersも同日、『WHO says low taxes are making sugary drinks, alcohol more affordable』との記事を出しています。
*3 参考資料:SAFE(Safe Food Advocacy Europe)「Report on HFSS Food marketing targeting children」(2025年1月29日)
*4 出典:Reuters『San Francisco sues Kraft, Mondelez over ultra-processed foods』(2025年12月3日)
*5 出典:The Guardian 『Ultra-processed foods should be treated more like cigarettes than food – study』(2026年2月3日)
代表取締役 福島 隆史
公認会計士。2008年、SusTBを設立。企業の自主的かつ健全な情報開示をサポート。
川上 佳子
中小企業診断士。銀行、シンクタンク勤務を経て2002年より上場企業の情報開示を支援。