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「マスバランス」から「GXスチール」へ── ルールが固まり始めた今、実務者が知っておくべきこと

ニュース / 気候変動 / 脱炭素

この記事の3つのポイント

  • トランジション・ファイナンス・ロードマップ改訂を軸に、鉄鋼分野のルール整備が一気に接続され始めた
  • 「グリーンスチール」は「GXスチール」へ。マスバランスに加え、CFPに直接反映する「GXアロケーション方式」が導入された
  • トヨタの量産車向け調達開始や次期GXリーグの方向性など、”制度”と”実需”の同時進行が鮮明に。「様子見」は実務上のリスクになりつつある

 

本記事は、2026年1月27日・28日付で掲載した以下の2つの記事続編です。

 

今さら聞けない「マスバランス」の話を背景からわかりやすく説明します——なぜグリーンスチールは「先に」走り出したのか

 

マスバランス方式は「使っていい」のか?── グリーンスチールをめぐる、サステナ実務者のための現実解

 

未読の方は、あわせてご覧いただくと、より理解が深まります。

 

前回のブログで、私はマスバランス方式について、次の2つの判断軸をお示ししました。

 

① 移行計画の明示
いつ、どの範囲で、物理的な設備転換や実排出削減へ移行するのか

② 説明の一貫性
国際的なルールや基準の変化が起きたときに、説明の一貫性をどう保つのか

 

以前のブログを書いた時点でも、こうした動きの兆しはすでに存在していました。

ルール形成は進み、技術開発も動いている——その意味で、前回お伝えした問題意識が、この短期間で古くなったわけではありません。

 

ただ、この間に、よりはっきりと見えてきたことがあります。
それは、ルール整備と市場の実装が、もはや時間差ではなく、同時進行で進み始めているという点です。

 

「ルールがまだ固まっていないから様子を見る」という判断が、理論上は成り立つとしても、現実の市場では、その”様子見”の間にも、制度と実需の両方が動き続けている——その構図が、以前よりも明確になってきたように見えるのです。

 

検討会が急ピッチで動いている

まず、政策側の動きを確認します。

 

経済産業省の「経済産業分野におけるトランジション・ファイナンス推進のためのロードマップ策定検討会」は、2023年2月の第10回以降、約2年半の空白を経て、

 

- 第11回(2025年10月23日)

- 第12回(11月18日)

- 第13回(12月24日)

- 第14回(2026年2月5日)

 

と、わずか4カ月の間に4回開催されています*1

 

 

背景にあるのは、2021年に策定された各分野ロードマップを、直近の技術進展や国際動向、市場環境の変化を踏まえて更新する必要性です。

 

重要なのは、この検討会が単なる「技術の棚卸し」ではない点です。

 

ロードマップは、企業がトランジション・ファイナンスを活用できるか、金融機関や投資家がその取り組みを「移行として妥当」と判断できるかを左右する、実務上の参照軸でもあります。

 

つまり、ここで議論されている内容は、鉄鋼メーカーだけでなく、鋼材を調達する川下企業にとっても、Scope 3戦略の前提条件が変わり得る話なのです。

 

なぜ「2月5日」が決定的だったのか

では、なぜ私は、第14回(2026年2月5日)をこれほど重く受け止めたのでしょうか。

この回で、まったく新しい論点が提示されたからではありません。

それまで個別に語られてきた論点が、一つの前提条件として束ねられ始めた——そこに、決定的な変化を感じました。

 

それまで個別に語られてきた論点——鉄鋼分野ロードマップの改訂、GXスチールガイドラインやCFP算定ルールの整備状況、国際的なChain of Custody議論との整合性、そしてトランジション・ファイナンスとしての説明可能性——が、一つの前提条件として束ねられ始めた。

そこに、大きな変化を感じました。

 

議論の重心も、「将来どうあるべきか」から、「この前提のもとで、どう説明し、どう実装するか」へと移っていました。

マスバランスやGXスチールをめぐる議論は、もはや考え方の選択肢ではなく、実務として扱わなければならない前提条件になりつつあるのだ——そう感じた瞬間でした。

 

「グリーンスチール」から「GXスチール」へ

こうした流れと並行して、業界側の整理も進んでいます。

日本鉄鋼連盟は、2025年10月、従来の「グリーンスチールに関するガイドライン」を「GXスチールガイドライン」へと改称しました*2

 

私が注目したのは、名称変更そのものではありません。

従来のGXマスバランス方式(削減証書により削減価値を割り当てる方式)に加え、GXアロケーション方式が整理された点です。

GXアロケーション方式では、製造プロセスで生じた排出削減のGX価値を、CFPに直接反映します。

「帳簿上で割り当てる」整理から、「CFPとして数値化し、比較可能にする」整理が加わったと言えます。

あわせて、鉄鋼連盟は「鉄鋼製品に関するCFP算定ガイドライン」「非化石電力鋼材のCFP算定ガイドライン」も策定しています。CFP算定の業界共通ルールが整備されたことで、「何をもって低CFPの鋼材と言えるか」について、客観的な比較が可能になる基盤が整いつつあります。

 

なぜ「実需(トヨタ)」の動きが、ここで効いてくるのか

ここで、2026年2月に報じられたトヨタ自動車による量産車向けグリーン鉄の採用にも触れておきたいと思います。

(ご参考記事)
日経電子版『トヨタ、量産車に「グリーン鉄」 鉄鋼業のCO2排出削減後押し』(2026年2月9日)

 

このニュースの重要性は、「大手企業が環境配慮を始めた」という点にあるのではありません。

重要なのは、GXスチールという制度的整理が、実際の調達行動として使われ始めたという点です。

 

報道によれば、価格は従来鋼材より高い。それでも、補助制度なども活用しながら、量産車に組み込む判断がなされました。

 

自動車業界では日産自動車やいすゞ自動車に続く動きですが、世界販売首位のトヨタが日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所の鉄鋼大手3社からの調達に踏み切ったインパクトは、鉄鋼業界にとどまりません。自動車業界は普通鋼材の消費量で国内製造業全体の約5割弱を占めており、建設業を含む幅広い業種にグリーン鉄の採用が広がる可能性を示唆しています。

この一歩は、鉄鋼メーカー側のGX投資や、制度としてのGXスチール認証、川下企業がScope 3として説明可能な削減価値が、現実の取引の中で接続され始めたことを示しています。

 

次期GXリーグが示す方向性

そして、ここで見落とせないのが、次期GXリーグの方向性です。

経済産業省の検討資料では、次期GXリーグを、排出量取引の枠組みとしてだけでなく、GX製品・サービスの需要創出(=積極調達)や、サプライヤーとの協業によるサプライチェーン削減に取り組む企業を後押しする枠組みへ見直す方針が示されています*3

 

参画にあたっては、そうした取組へのコミットメントを求めていく方向であり、需要創出への貢献に応じたインセンティブ付与や、優れた取組を評価・公表する仕組みも検討対象になっています。

つまり、「GX製品を買う側」の動きが、単なる好事例ではなく、制度的にも評価・後押しされやすい設計へと近づいている。だからこそ、トヨタの動きは「象徴的な一社の判断」にとどまりません。

GXスチールの「環境価値をどう測り、どう伝え、どう取引するか」という議論が、次期GXリーグの需要創出の文脈と接続しながら、実務の前提になりつつある——私はそう受け止めています。

 

前回の判断軸が、いま問われている

ここで改めて、前回のブログで提示した2つの判断軸に立ち返ります。

 

判断軸①「移行計画の明示」について:

トランジション・ファイナンスのロードマップが改訂され、各技術の社会実装時期や排出削減経路の見通しがアップデートされつつあります。

たとえば、日本製鉄は水素還元高炉の実証を2026年から計画し、JFEスチールもカーボンリサイクル試験高炉での試験を開始しています。各社は数千億円規模の電炉投資計画を打ち出しており、「マスバランスは移行期のツール」という説明に、より具体的な時間軸が付与されつつあります。

逆に言えば、ロードマップが更新された後も物理的な移行計画を語れない場合の説明責任は、以前より重くなります。

 

判断軸②「説明の一貫性」について:

worldsteelのChain of Custodyガイドライン(2024年11月)*4、SBTi Corporate Net-Zero Standard V2ドラフト(2025年3月)、GHGプロトコルScope 3基準の改定議論——これらが同時に動いていることで、「マスバランスで割り当てた削減価値を、川下企業のScope 3算定にどう反映するか」という問いに対する国際的な回答が徐々に形成されつつあります。

GXスチールガイドラインがworldsteelのフレームワークを基礎としている点も、日本の整理が国際動向と切り離されたものではないことを示しています。
今の説明が、2年後も3年後も同じロジックで通用するか——その確認の重要性は、以前にも増して高まっています。

 

政府調達にも動きが出ている

さらに、需要サイドの制度的シグナルをもう一つ。

2025年1月28日のグリーン購入法基本方針の変更閣議決定により、削減実績量が証書として付された鉄鋼(日本鉄鋼連盟のGXスチールガイドラインに従ったもの)で、かつCFPが算定・開示されている物品が、政府調達における「より高い環境性能の基準」に位置づけられました*5

トヨタの民間調達、政府のグリーン購入法——需要側の動きが複線的に広がっています。

 

「ルールが固まってから動く」では、遅いかもしれない

ここまでの話を整理します。

鉄鋼分野では今、ロードマップ改訂、GXスチールガイドライン整備、CFP算定ルールの共通化、政府調達基準への組み込み、川下企業の実装開始、そして次期GXリーグにおけるGX製品の需要創出——これらが同時進行しています。

以前書いたブログでは「不完全なルールの中でどう前に進むか」を問いかけましたが、その「不完全なルール」は、急速に完成形へと近づいています。

しかも、次期GXリーグの方向性が示すように、「高くても買った/買わなかった」という二択ではなく、”何を、どんな説明で、どの範囲まで調達・協業の意思を示すのか”が、企業の評価や対外説明と結びついていく可能性が高まっています。

 

川下企業のサステナビリティ実務者さまにとって、「ルールが固まってから対応する」という姿勢は、もはや安全策とは言い切れないのかもしれません。

少なくとも、自社のScope 3戦略において、調達する鋼材の環境価値をどう位置づけるのか、マスバランス/GXアロケーション/CFPの使い分けをどのロジックで説明するのか——この論点は、”制度の動き”と”市場の動き”が接続するほど、後回しにしにくくなると感じます。

 

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた、次回のブログで。

執筆担当:川上 佳子


*1 経済産業省「経済産業分野におけるトランジション・ファイナンス推進のためのロードマップ策定検討会」各回資料

*2  一般社団法人日本鉄鋼連盟「GXスチールガイドライン・関連ガイドライン」

*3 経済産業省「GXリーグの今後の方向性について」等の検討資料。詳細は経産省GXリーグ関連ページを参照

*4 worldsteel “Chain of Custody Guidelines”(2024年11月)

*5 環境省「環境物品等の調達の推進に関する基本方針」(令和7年1月28日変更閣議決定)

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