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「感動しました」で止まらない開示設計――冬季オリンピックをきっかけに考える説明責任のかたち

ナラティブ / ニュース / 開示基準等

この記事の3つのポイント

  • 冬季オリンピックは、競技の感動を演出するのではなく、誰でも立ち戻れるルールや基準を公開することで理解の入口を設計している
  • サステナビリティ開示でも、「伝えたいこと」より先に、「検証できる情報の入口」を用意できているかが信頼を左右する
  • MSCIの評価モデル変更は、共感的なメッセージを否定するのではなく、第三者が途中から確認できる足場を揃える姿勢を企業に求めている

 

冬季オリンピックが始まります。

楽しみにしておられる方も、多いのではないでしょうか。
(もちろん、私もその一人です!)

 

たとえば、フィギュアスケートで、わずかな体重移動とエッジの角度を制御しながら跳び上がる一瞬。
音楽が止んだあとの静寂と、観客席のどよめき。
誰もが、息をのむ体験を共有します。

 

胸を打たれて、涙が出る。
その体験そのものは、かけがえのないものだと思います。

 

ただ、「感動した」で会話が終わってしまうのは、少しもったいない気もします。
なぜなら、その感動の裏には、驚くほど精緻な仕組みが隠れているからです。

 

オリンピックの競技は、決して「とりあえず感動しておけばいい」ように作られてはいません。

採点基準、技の難度設定、ルール、安全対策、リスクの前提条件。
どれも細かく設計され、公開されています。

 

すべてを理解しなくても観戦はできる。
けれど、知りたいと思えば、どこまでも深く掘り下げられるようになっています。

 

これって、サステナビリティ開示の現在にもつながるな…と、ふと思いました。

 

「感動」という言葉が、便利になりすぎる瞬間

「感動した」という言葉は、時に、思考を止めてしまうことがあります。

 

これは、企業活動の文脈でもよく見かける構造です。

 

たとえば、

「中長期的な企業価値の最大化です」

「サステナビリティは重要だと考えています」

「社会的意義のある取り組みです」

 

——どれも間違ってはいません。

ただ、その言葉が説明を終わらせる役割を担ったとき、違和感が生まれます。

 

悪意なきグリーンウォッシュの出発点は…

グリーンウォッシュという言葉は、「悪意ある誇張」と結びつけられがちです。
けれど、実際には「悪意」がなくても、結果的に不信を招いてしまうケースがあります。

その多くは、もっと目立たないところ――
つまり「省略」から始まっているように感じます。

 

「消費者向けには、ここまででいいだろう」
「これ以上説明しても、伝わらないだろう」

 

相手の理解度を、こちらが勝手に低く見積もる。
その瞬間に、説明は止まり、言葉だけが残ります。

 

もちろん、くどくどとディテールを説明しすぎることも正解ではありませんので、バランスはいつも難しいですが…

 

でも、だからこそ重要なのは、

「もっと知りたい人が、先に進める入口を用意しているか」

という一点なのではと思うのです。

 

ナラティブは否定されていない

最近の経済産業省の議論*1や、ESG評価モデルの変化*2を見ていると、
「もう物語は通用しないのではないか」と感じる方もいるかもしれません。

 

けれど、実際に起きているのは、ナラティブの否定ではありません。

求められているのは、

最低限、共通で語れる足場を揃えましょう

ということです。

 

定量データやKPI、進捗の可視化は、物語を潰すためのものではない。
途中から議論に参加できるようにするための、共通言語です。

 

「語るなら、検証可能な形で語ろう」

それは冷たい規律ではなく、
相手を対話の相手として扱うための最低条件なのだと思います。

 

「感動」を前提にしない開示設計

このような視点から考えると、
冬季オリンピックの情報開示にも共通する点が見えてきます。

 

競技のルールブックは、誰でもアクセスできる形で公開されています。

採点基準の配点も、技の難易度係数も、安全基準も。

「感動してください」という誘導は、どこにもありません。
どこまで読み取るかは、観る側に委ねられている。

知りたい人が、納得できるまで確認できる入口を用意している。

その姿勢は、今後求められるサステナビリティ開示においても、本質になると思います。

共感ではなく「検証」から始まるESG評価

この点で、近年のMSCIの評価モデルの方向性は、示唆に富んでいると思います。


MSCIの新スコアリングモデルは、
企業がどれだけ感動や共感を集めるメッセージを発しているかではなく、
その取り組みがどのような管理プロセスに支えられ、
どこまで進捗や実行状況として確認できるのかを、より重視するようになっています。

言い換えるなら…


感動や共感は「読解の対象」ではあっても、「評価の起点」ではない
まずは、第三者が途中から検証に参加できる足場を揃える。
そのうえで、企業ごとの文脈やストーリーが読み取られていく。
そうした順序が、よりはっきりと求められるようになったと言えそうです。

冬季オリンピックの競技が、
「すごかった」「心を打たれた」で終わらず、
誰でもルールブックや採点基準に立ち戻れる構造を持っているように、
サステナビリティ開示もまた、
感動や共感の前に、検証の入口を開いておくことが前提になりつつあります。

感動は、結果であって目的ではない

感動とは、与えるものでも、もらうものでもない。
考えるための入口が用意されたとき、結果として生まれる感情なのだと思います。

 

サステナビリティ開示が
「シングルマテリアリティ」の名のもとに、
数字ばかり重視しているように感じられること、あると思います。

 

でも実はそれって、
数字を「出発点」や「ベースライン」にしていると考えれば、
納得しやすいのではないでしょうか。

 

私たちに求められているのは、
すべてを語ることでも、感動を演出することでもなく、

「どこまで深く知りたいかは、お任せします」。
そう言えるだけのロジックを、誠実に用意しておくこと——

 

それが、
この説明責任の時代において、
いちばん確かで、いちばん誠実な
「相手への敬意」の示し方であるように思います。

 

ーーー

今週もお読みいただき、ありがとうございました。

それではまた、来週のブログで。

 

執筆担当:川上 佳子


*1 経済産業省の「企業買収における行動指針」をめぐる議論を指しています。ご参考記事は日経電子版「買収諾否、価格偏重を是正 経産省が経営者向け指針 将来の成長へ、投資や社員の意向考慮促す」(2026年2月4日)

*2 2026年3月に予定されているMSCIのスコアリングモデル変更の話を指しています。

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